第6話
「魔法とは魔力を基として使うなんとも不思議な力だ。魔法が使えるかどうかは生まれた時にほとんど決まっている。しかし魔法が使える人間は人種や身分を問わない。だから誰が魔法を使えるかは結局のところ生まれてくるまでわからない」
「その通りですね。魔法省に入るために魔法や魔力について勉強しましたが、魔法は神々からの
魔法は神様からの贈り物なのよ、というのは子供のときに散々聞かされた話だが、正確にどのような原理で使えるものなのかは魔法省ですら理解できていない。きっと今も魔法について研究している課は魔法使いの生態やそのメカニズムを解明しようと必死に研究していることだろう。
「そう。しかも魔法は魔法でも他人に危害を与える可能性が高い攻撃魔法、黒魔法と治癒や防御に長けた白魔法の二種類に分けられる。これも生まれてからじゃないとわからない。箒の操作は黒魔法使い、白魔法使いともに使えるものだが、基本的に黒魔法使いは治癒や防御をできないし、逆に白魔法使いは人を助けられる力を持つが、他者に攻撃をする魔法は使えない。不思議なものだ」
「魔力を持っていても魔法が使える者と使えない者の違い、それに加えて魔法が使える者の中で黒魔法か白魔法か、どちらの魔法が使えるかの違いもわかっていませんね。ごくごく当たり前に存在を認識はしているものの、わからないことが多いですよね」
当たり前のように日常に浸透している魔法。それは当然のようにそこにあるが、何度もいうように詳しいメカニズムは解明されておらず、結構魔法はブラックボックスな部分が多いのだ。
「サポート気質の白魔法とアタッカー気質の黒魔法。そのどちらでもなく、そもそも魔法ですらない。それが魔術」
「なるほど、ざっくりすぎて魔法とは違う原理ということしか理解できなかったです」
アンドレアは肩をくすめた。
「魔法で空を飛ぶとき、なにが必要だと思う?」
「それはもちろん、箒ですよね」
「正解だ。魔法使いは箒に魔力を流して箒を操る。これが魔法」
うん、とアンドレアは頷いた。イヴの説明はなにひとつ間違っていない。
「魔術は箒に魔力を流して操作する。これは魔法と同じ。だが魔法とは違ってきみの言う変な模様とやらが必要になるんだ」
イヴの言葉にアンドレアは箒の模様をもう一度見た。
箒の柄の部分に黒い塗料でへにゃへにゃとした謎の模様が描かれている。文字、というにはぐちゃぐちゃで絵というにはどこか規則的だ。
「魔術師は決して魔力が多いというわけではない。むしろ魔力が少ない者が多いんだ。そして魔術はその少ない魔力を有効活用するために人々の手によって完成された技のことをいう」
「人々の手によって? つまり魔法は神が、魔術は人が作ったと」
「まぁ、そう捉えてもらって問題ない」
驚きを隠せないアンドレアの言葉にイヴは真剣な表情で頷いた。
「言っただろう、魔術は魔法より昔から存在するものだと。神々の力を借りなくても、人類は一度魔力を自分たちの力で利用できるようになっていたんだ」
「それは……じゃあ、なぜ魔術は普及しなかったんですか? 魔力が少なくても使えるなら、魔法が使えない魔力保持者でも魔術は使えるってことですよね?」
「もちろん使える。頭が良ければな」
「えっ」
もし魔力が少量でも使えるのなら、魔術は今のこの世界の根底を揺るがすものだ。誰もが当たり前のように箒に乗れて、影に荷物を仕舞って移動することができるならこれ以上楽なことはないだろう。
そう思ったが、それならなぜそんな便利な魔術が普及しなかったのか疑問に思ってイヴに尋ねると想定外の返事をされてアンドレアは目を丸くした。
「魔術が廃れた原因その一、魔法が使える人間が現れたこと。その二、魔術を使うには魔術についての知識が必要なこと」
丁寧に一本、一本と指を立てて説明するイヴにアンドレアは頭を抱えた。
「ええっと、つまり……馬鹿には魔術は使えないと?」
「魔術は魔法とは違って努力次第で使えるようになる。魔法以上に平等な力だよ。まぁ、たしかに覚えるのが苦手、という人には向かないけどね」
「覚えることとは?」
「それはもちろん、その箒に刻まれている文様さ。あとは呪文を使ったりするからそれも覚える必要がある」
「えっと、つまり魔術を使うにはその魔術を使うためのこの変な模様のパターンを覚えたりしないといけないってこと、ですか?」
「そういうことになるね」
イヴは深く頷いた。
なるほど、それは廃れもするだろう。魔力の代わりに膨大な知識を必要とする。それが魔術というものらしい。
「俺にも使えるようになるものなんですかね……?」
「なにを言っている。魔法省に入るために頑張って勉強したんだろう? なら魔術の勉強だってできる。きみは努力ができる人間だと私は判断した。それが間違っていると?」
「いや、でも……」
箒で空を飛ぶのは、意外と大人も憧れたりするものだ。だからイヴのように魔法を使わなくても空を飛べるなら飛んでみたい。しかし、底知らぬ魔術の勉強をできるかと問われて簡単には頷けなかった。
「きみには魔術師としての才能がある。なにより、きみはあの男……いや、自身を捨てた魔法省の人間をぎゃふんと言わせたくはないのかい?」
「っ!」
イヴの言葉に息を呑んだ。
それにアンドレアは驚いた。イヴの言葉に、ではなくイヴに言われたことで息を呑んでしまった自分自身に驚いたのだ。
理不尽にも自分の不始末を押し付けてクビにしてきた上司。むかつきはするが、やり返そうだとかそういうことは考えたこともなかった。
毎日を生きるのに必死で、二度と関わることはないと思っていたからだ。闇金に追われたときも必死に逃げて、でも結果捕まってしまって、イヴに買われて。
地の底まで堕ちたアンドレアが上司どころか魔法省の人間と関わることはもうないと、そう思っていた。けれど、
「やります」
実際に、先程魔法省の人間と会った。しかも元同じ課所属の男だった。
魔法省に喧嘩を売るのは得策ではない。もし魔法省に乗り込んで、むかつく上司を殴ったところで得られるのは仕返してやったという爽快感のみ。あとに残るのは勝手に魔法省内部に忍び込み、職員に怪我を負わせた犯罪者というレッテル。
それでも努力して魔術を使いこなせるようになって、殴り込みではなく魔術師として彼らと会ったなら。
そのとき自分を馬鹿にして罪をなすりつけた彼らはどんな顔をするだろうか。なにより――。
「俺を弟子にしてください」
そう言わなければ、アンドレアの目の前にいる少女が魔法省になにをやらかすか気が気でなかった。
「よし、よく言った。私は優しいから魔術について一から教えてあげよう。本だって貸してあげる。私のペースにちゃんとついてき給え」
「はい!」
「そして立派な私の荷物持ちになり給え!」
「やっぱ弟子になっても荷物持ちはやんないといけないんすね!」
「もちろんだとも」
イヴはアンドレアを荷物持ちとして買った。
だからたとえアンドレアが自身の弟子になったとしても、その役割は変わらないのだろう。
まっすぐで、それでも少し曲がっていて拗ねやすくも心優しい少女にアンドレアはなんだかおかしくって大口を開いて笑った。
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