10話 露草VS日葵 後編

「じゃあ三問目」

「お願いします」

「ばっちこ~い!」

「私が一番嫌いな物は?」


 これはかなり難しいんじゃないだろうか。私の嫌いな物は何を隠そうグリーンピースなのだけど、うちの食卓ではグリーンピースは並ばない。何回か露草とも日葵ちゃんとも外食はしたことがあるけれどそのいずれかもグリーンピースのある料理がなかった。つまり二人は私がグリーンピースを嫌いなことを知る由がないわけなのだ――


「目薬です」


 ピンポーン、と音が鳴り、日葵ちゃんがそう答えた。


「……」


 ……あ、あれ? な、なんで私が目薬が苦手なことを日葵ちゃんが……?

 すると続けざまに早押し機が鳴る。


「付け足しっ! 目を開けて目薬の雫を待っているのが怖いんだと考えたアイリスたんは、一度本気でお風呂の桶を目薬でいっぱいにして顔を浸そうとしていたことがある!」

「……ちょっ!?」


 た、たしかにあるけれど!? だからなんで当然のように私が目薬苦手なことを知っているんだ!?


「さらに付け足しです。目薬が苦手なことなど恥ずかしくて誰にもバレたくないアイリス姉さんは、いつも私たちが帰った後に一人目薬と格闘しています」

「……くっ、さらに付け足しとは。日葵ちゃんやるね……!」

「当然です」

「……」


 ……なんで私が目薬が苦手なことを知っている前提で話が進んでいるんだ? 二人はエスパータイプか何かなんだろうか。


「アイリス姉さん。今のは私に一ポイントで問題ありませんか?」

「……ああ、うん」

「ではこれで私が二ポイント、露草さんが一ポイントですね」

「まだまだ勝負はこれからだよっ!」


 なんかこのゲーム、というか目の前の二人の少女のことが怖くなってきた……。


「アイリス姉さん?」

「アイリスたん? どうかした?」

「……べつになんともない」

「そう?」

「次の問題」


 深く考えたら負けな気がした。


「今季私が一番面白いと思っている作品は?」


 これも結構難しいと思うのだ。なぜなら二人はアニメに精通していないからだ。たしかに最近は露草もうちでアニメを見ているし、日葵ちゃんも話題作には目を通しているようだが、これは世論の話ではなく私個人が好きな――


 などと考えていると、またもや即座に早押し機が押される。私にも二人の回答を考察する時間くらい分けてほしい。押したのは露草だった。


「妻女と才女の籠城計画! もともと原作を読んでいたアイリスたんだけど、一話の導入からして百点満点で感動してた! アイリスたん的にポイント高い!」


 おお、やるじゃないか露草のやつ。付け足し権を使われづらくするために、初手から詳細な回答をしている。すると、負けじと日葵ちゃんも早押し機を押した。


「付け足しです。映像、音楽、声優、どれをとっても非常にアイリス姉さん好みであり、アイリス姉さんが一番好きな王子とのシーンでは、後方腕組オタクをしていました。次週が待ち遠しく思っています」


 流石は日葵ちゃんだ。ネタバレを回避しつつ、私のツボを的確に把握している。しかし、私は後方腕組オタクなどしていない。


「付け足し! アイリスたんが妻才で一番感動したのはオープニング! 歌詞もそうだし、曲名が最高にエモい!」

「ほぅ……」


 私は感嘆のため息をこぼす。お互いが付け足し権を使った。もうこれ以上付け足しは出来ない。……二人とも健闘したけれど、これは露草の得点だな。


「はい」


 そうして私が露草の得点にしようとしていると、突如として日葵ちゃんが手を上げる。


「日葵ちゃんどうぞ」

「アイリス姉さんが今季一番面白いと思っている作品は妻才ではありません」


 ……なるほど、そう来たか。


「なっ!? どういうこと!?」


 露草は目を見開き驚いている。少しオーバーリアクション過ぎないか?


「露草さん、アイリス姉さんは一番面白いと思っているアニメといいましたか?」

「……え? ……はっ」


 頭脳戦みたくなってきた。


「違いますよね。アイリス姉さんは一番面白いと思った作品といったんです。よって本当の答えはズバリ、日テレ放送のドラマ、ブラッシュアップライフです!」


 ……正解だ。私といえばアニメだと思われがちだが今季に関してはブラッシュアップライフが一番面白いと感じていた。だから作品とあえて言葉を濁したのだが……。日葵ちゃんはその私の真意をくみ取った。これは文句なしの正解である。


「正解」

「……よし!」

「なっ、んだと」


 日葵ちゃんは小さくガッツポーズをする。可愛い。


 露草は、――なっ、最初から答えがわかっていながらあえてわたしの回答に付け足しをし、わたしが付け足し権を使うよう誘導、付け足し権を使い終わったところで自分の回答権を使い、本当の回答を言った……だと……! みたいな顔をしている。


『読心魔法』を発動。


 ――なっ、最初から答えがわかっていながらあえてわたしの回答に付け足しをし、わたしが付け足し権を使うよう誘導、付け足し権を使い終わったところで自分の回答権を使い、本当の回答を言った……だと……!


 うん、それ今私が言った。なんというか、頭脳戦でよくある勝負の内容の解説をするモブ感が凄い。


「ともあれ、これで点数は三対一です。よってこの勝負、私の勝ち――」

「じゃあ、お待ちかね最終問題。最終問題の勝者にはなんと百ポイントー。ぱちぱちー」

「「……」」


 あ、あれ。なんだこの空気。


「アイリス姉さんそれはちょっと……」

「いやさ、アイリスたん。わたしはありがたいんだけど、ちょっとそれはね……」


 二人がジト目で私を諭してくる。なんだその反応は……!


「さ、最終問題に百点とかクイズのテンプレなんじゃないの!?」

「そりゃあそうですけど、リアルでやられたら萎えますよ。今時、清水町民でもそんなことはしません」


 静岡県外の人から沼津か三島と一緒にされがちな清水町民が一体何をしたっていうのだ。


「……ま、まあいわれてみればたしかに」

「……ですがほかでもないアイリス姉さんがそう言うのなら従いましょう。第一負ける気がしませんし」


「おっ、言うねえ日葵ちゃん。わたしだってね、やるときゃやる女なんだよ!」

「そうですか。ではアイリス姉さん。出題をお願いします」

「……う、うん」


 ……よく考えれば考えるほど日葵ちゃんが可哀そうになってきた。本人が良いといったので今更取り下げるようなことはしないが、たしかにテレビでもなんでもなくリアルでこんなことされたら、今までのクイズが全部水の泡になってしまい嫌に思うに決まっている。それこそ、今時清水町民でもこんなことはしない。


 しかしやると決めた以上どうしようか。日葵ちゃんを気遣って難易度を下げることもできるが、そんなことを日葵ちゃんは望まないだろうし難易度が低いのは露草にも言えることだ。

 私は無い顎髭をさすり、思案する。


 ……ここは、そうだ。とびきり難しい問題を設定しよう。もとより最終問題だ。めちゃくちゃ難しい問題を出題しようじゃないか。それこそ、二人が答えられないくらいの難易度の最終問題を……!


「じゃあ最終問題」

「「……っ」」

「私がこの世で――……ううん。私が十九年間生きてきた中で、一番大切にしている物は?」


 私がそう言うと、今まで即答していた二人であったが流石に難しかったのだろう。考えるそぶりを見せる。


「……それは、先ほどの嫌いな物と同じでモットーとか信条とかではなく、正真正銘の物ですか?」

「そう。本とかボードゲームとか、そういう類の物」

「……そうですか」


 そうして質問した日葵ちゃんはしばらく考えたのちに早押し機を押した。


「はい、日葵ちゃん」

「……えと、本棚の上に飾ってある、ポケモンカードのゲンガー&ミミッキュGXスペシャルアート、です」


 日葵ちゃんは今までとは違い自信なさげに回答する。

 実際、自分の答えにあまりピンと来ていないのだろう。たしかにゲンガー&ミミッキュは私の家にある物の中でおそらく一番高額であり、且つ私の大好きなポケモンたちのタッグなのだから、当然私の大切な物の中に入る。


 ――しかし。

 そこで、ピンポーンと露草が早押し機を鳴らす。


「露草」

「うーんと、理由まではわかんないんだけど。答えは――押し入れに仕舞ってある黒い刀……だと思う」

「……」

「……か、かたな、ですか……?」

「どう? アイリスたん」


 露草の言う刀とは、きっと私の愛刀、『月影』のことを指しているのだろう。異世界で私と一緒に戦った刀。かつて――大切な人から贈られた刀、『月影』のことを。


「……」

「……」

「……正解」

「よっしゃあああああぁぁぁあ!」


 露草は咆哮する。うるさい。


「か、かたな……ですか。そんな……。わ、私は、……そんざいすら、しりませんでした……」


 そうぼそぼそと呟くのは日葵ちゃんだ。見るからに肩を落としていてかなり心に来る。


「い、いや日葵ちゃん。こればっかりはしらなくて当然。私だって露草が知っていることに驚いているくらいなんだし」

「……で、でも、私はアイリスねえさんの一番たいせつにしているものすら、しらなくて……」


「だっ、だからしょうがないんだって! それよりも露草はなんでそんなことを知っていたの。今まで誰にも刀……えぇっと、私の模造刀の話はしたことがないのに」


 このままじゃ日葵ちゃんが負のスパイラルに陥りそうだったので、私は強引に話を変える。


「うんとね、わたしも確証があっていったわけじゃないんだけどさ。一回だけ、アイリスたんが押し入れから刀を取り出してお手入れしているのを見たことがあるんだ。その時のアイリスたんがさ、なんていうか」


「その時の私が?」

「なんていうかその――懐かしい、顔をしていた、から、かな?」

「……ん?」


 懐かしい、顔……?


「いやなんか本当に、自分でも言っててわけわかんないのはわかるんだけど」

「露草はいつもわけわかんない」

「毒舌!?」


「……ですが、りゆうはどうあれ露草さんの勝ちです。そして三対百一点で私の負けです……。アイリス姉さんを知り尽くしていると思い込んでいた傲慢な私の、負けなんです」


 めちゃくちゃに哀愁が漂う日葵ちゃんに、原因の一端の私はなんて声をかけていいかがわからない。いや諸悪の根源か。


「不本意ではありますが、アイリス姉さんにふさわしいのはどうやら露草さんのようです。私は潔く身を引くことに――」

「そのことなんだけどね? 日葵ちゃん」


「……? なんでしょうか」

「この勝負の最中に、ずっと考えていたことがあるんだけど。まずね、わたしたちは前提からおかしかったんだよ」

「……と言いますと?」

「……」


 なんか始まった。


「こんなクイズ勝負に勝ったとして、それでアイリスたんが誰かのモノになるだなんて、前提からおかしかったんだよ」

「……」


 よくはわからないけれど、たしかにそれはおかしい。私は誰のモノでもない。私自身のモノだ。


「アイリスたんは誰のモノでもない。こんな勝負に勝っても、アイリスたんを独占するのは間違っているんだよ」

「……」


「わたしはさ、この勝負を通じて、改めて日葵ちゃんのことを尊敬したよ。ここまでひたむきに、そして愛情深いアイリストがわたし以外にいるだなんて思ってもみなかった」

「……」


 アイリストってなんだ。


「けれど、わたしたちはアイリスたんを愛しすぎたがゆえに、何も見えなくなってしまった。アイリスたんは誰かのモノではないって、そんな当たり前のことすらもわからなくなるぐらいに、自ら視野を狭めてしまっていたんだ」

「……」


「それにわたしは気づいたんだよ。日葵ちゃんだって、本当はそんなことしたくないはずだよ?」

「……」


「日葵ちゃんならわかるよ。だって日葵ちゃんはわたしと同じ、アイリストなんだから。手を心に当ててみてよ。そしたらわたしの考えていること、言っていることがわかると思う。わたしたちは同志なんだから、心と心は繋がっているはずだよ」

「……っ!」


 文脈を読み取るに、アイリストとは特殊能力者のことなのだろうか。


「アイリスたんはさ。アイリスたんのことを愛するみんなのモノなんだよ。ほかの誰のモノでもない。誰かのモノにしようだなんて考えそのものが間違ってる! アイリスたんはわたしたち、アイリストのモノなんだよ!」

「いや、誰のモノでもないっていま――」

「……つ、露草さん……!」


 日葵ちゃんは羨望の眼差しを露草に向ける。なんだこれ。


「……すみません。露草さん。私、私は。あなたという人を誤解していたようです」

「謝らないで。わかったならいいの。それにこの勝負自体が無駄だったなんて、そんなこともないし」


「それは……?」

「さっきも言ったけど。日葵ちゃんがこんなにも熱心なアイリストだって知れたから、それだけでも大きな収穫だよ!」

「露草さん……!」


 そう言って露草は日葵ちゃんにウインクをする。


「あのお二人さん――」

「露草さん、私は、今までの非礼をどうやって詫びればいいのでしょうか」


「もうっ、そんなこといいってば。そんなことよりも、せっかくわたしたち二人アイリストなんだって判明したんだし、お話とかお互いのコレクションを自慢しあうとかしたいな?」

「あ、あの露草――」


「そ、そうですね……! 私、いつも持ち歩いているとびっきりのお宝があるんです!」

「それは気になるなあ!」

「……」


 なぜか勝負の結果などそっちのけで会話に没頭し始めた二人。私は完全に会話の内容がわからず蚊帳の外だ。なんなのだ、一体。テンポが速すぎて二人についていけない。


 良くはわからないけれど、二人は完全に意気投合しているようだ。……まあ考えてみれば。私の友人二人が打ち解けている様子は、冷静に考えていいことだ。惜しむらくは会話の内容がちんぷんかんぷんで私が参加できない点だけれど。


 そんなことを考えて私は、若干の疎外感にさいなまれながら炬燵の上に置いてあるノゲノラ三巻を読み始めた。

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