7話 アッシェンテ!

「日葵ちゃんまた明日!」

「うん、また明日」

「じゃあね~」

「……」


 友達と別れて一人岐路に着きながら私、谷日葵は頭を悩ませていました。私はあの日、奴と初めて出会ったあの日、危機感を覚えました。――早々に奴を排除しなければいけない。

 そうしなければ不利益が生じる。私の直感がそう囁いたのです。


 一見すれば普通の少女、しかしあの卑しい笑みから垣間見えた彼女の身体に内包するすさまじいまでの負の力。


 奴はおそらくタダモノではないでしょう。

 出会った瞬間に悟りました。彼女――久遠露草は私に害をなす存在だと。


 奴を放置しておくのは危険です。奴を野放しにしておけば今まで私が積み上げてきた努力、計画がすべて水泡に帰してしまう気がするのです。確証はありません。しかし確信はありました。奴をどうにかして排除しなければならない。それだけは確かです。けれど確証も、排除する手段もわからない。よって私は頭を悩ませていたのです。


「……このままじゃ」


 このままじゃ奴にすべてを取られてしまう。そんな言葉が口をついて出てしまいそうになりました。……いや、弱気になってどうするのです。大丈夫、私なら出来ます。たとえ失敗したとしても、その問題を解決しようと前向きなうちは大丈夫だと、あの日あの人にそう言われたではありませんか。


「……よし」


 私は勇気を出すために、懐から宝物を取り出します。ジッパー袋に厳重に保管されたそれから、私は一本だけ抜き取りました。絹のようにしなやかで、月を思わせるような美しい白色に、私は思わずため息が出ますが、今はそうではありません。

 私はそれを自身の鼻に押し当て、匂いを目いっぱいかぎます。


「……」


 匂いを嗅ぎ続けて二十秒。


「……はあ」


 ……よし、充電ができました。気合も十分です。今なら何でもできる気がします。

 ……そうだ。これは私のためだけじゃない。アイリス姉さんのためでもあるのです。アイリス姉さんの平穏な生活を守るためでもあるのです。そう思うと、無限にやる気が溢れてきました。


「……うんっ」


 そして私は向かいます。アイリス姉さんのお部屋まで。


 目的は……そう、あのお邪魔虫、露草の排除です。愛しのアイリス姉さんには私さえいればいいのです。ほかの女なんていりません。アイリス姉さんと仲睦まじく、そして末永く暮らすのは私です。ほかでもない、谷日葵なのですから。


「……ふふふ、待っていてください、アイリス姉さん。私が、アイリス姉さんに群がるハエを駆除します……」


 そうして私は、アイリス姉さんの御髪をジッパー袋に戻しました。



 アイリスたんの部屋で寝ころびながらアイリスたんの枕を抱き、アイリスたんの匂いのするパーカーを勝手に着て、アイリスたんの手垢がついているであろうノーゲームノーライフを舐めまわすように読んでいた時だった。


(やっ、別に本当に舐めまわしているわけじゃないよ? そんなことしたら紙がふやけちゃうし、アイリスたんが大事にしてる物に傷つけるわけにはいかないもん)


 突如としてインターホンが鳴り響く。

 ……んん? 誰だろう? 

 アイリスたんに友達はほぼいないし配達員の人かな? 


 アイリスたん、Amazon大好きだからね。この前なんかAmazonのダンボールを加工して、熱海城を作っていたくらいだ。その横に小田原城を作って置いておいたら気に入って飾ってくれてもいた。アイリスたん顔には出さないけど結構喜んでたし、今度一緒に東海道線沿いの城を全部作りたい。


「はーい、いまでまーす」


 わざわざ奥地からご苦労様でーす。そうして玄関のドアを開けると、


「……どうも」


 そこにいたのはAmazonの配達員ではなく。黒髪の可愛らしいハーフツインテールが揺れる。日葵ちゃんがそこにはいた。


「おおっ~! 日葵ちゃん! こんにちわ~」

「……はい。こんにちわ、露草さん。ところでアイリス姉さんは留守ですか?」


「うんとね、アイリスたんは『……しまった、今日がGA文庫のフラゲ日なの忘れてた……。露草、ちょっと沼津駅のアニメイトまで行ってSS貰ってくるから留守は頼んだ』って言って大慌てで窓から飛び出していったよ~」


 日葵ちゃんはジーエーブンコ? アニメイト? エスエス? と首をかしげている。うん、それはわたしにもわからない。きっと何か魔法の呪文だ。ヤサイマシマシ、アブラマシマシ、ニンニクカラメ、ビビデバビデブー、みたいな。


 しかし我ながらアイリスたんのモノマネがうまいね。今度アイリスたんにも見せよう。たぶん嫌がるけど。でもそれがいいっ! なぜならわたしはアイリスたんの嫌がる顔も見たいからっ!


「そうですか。……って、ん? 窓から……?」


 ……しまった。口が滑った。誤魔化さねば。


「……あはは、間違えたー。窓からじゃなくて普通に玄関から出てったよー。今時猫型ロボットでも窓からなんて出てかないよねー。なんて、はははー……」

「いえ、猫型ロボットなら先週の回で窓から外へ出てましたよ」

「……ああ、そうなんだ」


 どうやら件の猫型ロボットは先週、アイリスたんと同じことをしていたらしい。まあアイリスたんも困ったらすぐ魔法で解決しようとするし、実質猫型ロボットといっても過言じゃないだろう。


 いやでもあのぐーたら具合はどう考えてものびたくんだ。

 ……うーん。もしかしたら、のびたくんに四次元ポケットを渡して美少女化したらアイリスたんが出来上がるのかもしれない。一考の余地ありだね。


「アイリスたんに用事があるんだよね? 帰ってくるまでなにかしてよっか?」


 すると日葵ちゃんはいえ、と言って頭を振る。

 ……ん? じゃあまたなんで。


「今日は露草さんに用があって訪ねました」

「……ぅえ? わたし?」

「そうです。……露草さん」

「は、はい。なにかな?」


 強い眼差しがわたしに向けられる。一体なんだろう……。そうドキドキしながらも、わたしは日葵ちゃんの言葉を待つ。


「私と……」

「……わたしと……?」

「勝負をしてください」

「……へっ?」


 ……しょうぶ。……勝負。……勝負?


「……どゆこと?」

「私と露草さんで、アイリス姉さんを賭けて勝負をしてください」

「つまり?」

「アイリス姉さんは勝った方の物です」


 なるほど。わからん。


「わかった、やろう」


 しかしロリの頼みごとを断れないのがロリコンの宿命である。それによくはわからないけど、アイリスたん絡みでわたしが引き下がるわけにはいかない。なんだか楽しそうだしねっ!

 ノーゲームノーライフを読んで負ける気がしないわたしは、その申し出を快く引き受けた。

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