第20話 バルバラの人生(バルバラ視点)

 ……なぜ今になって?

 昔の知り合いとは縁を切っていたのに。

 今更あの子から手紙が届くなんて。


「バルバラ。久しぶりね。あなたがいなくなって、もう二十年も経つのね。あの不幸な出来事は忘れようもないけれど。あのね、あなたのことを聞かせてくれって、男性が訪ねて来たの。あれこれ話すうちに懐かしくなって、思わず手紙を書いちゃったわ。その方から、シュヴェルニ男爵と結婚されたって聞いて――」


 誰なの?

 誰が私の過去を調べて回っているの?



 二十年前のことを嗅ぎつけただなんて……。

 何者であるにせよ、聖女になったシャノンのことを知らないはずがない。

 二十年前のクリスタル消失事件と私とを、結びつけるに決まっている。



 ……クロエ様。

 二十年経って、この私に復讐なさるおつもりなのですか。



 思えばシャノンを訪ねて、塔のあの部屋に入ったときから、不吉な影が付きまとっていたのかもしれない。



 あの部屋は、クロエ様がお使いになっていた部屋。私がいつも掃除し整えていた部屋。

 数々の求婚を断って、聖女のお役目を引き継がれることを決意されたクロエ様の、あのお顔……。

 今でもはっきりと思い出すことができる。



 クリスタルを奪おうなんて、考えたこともなかった。

 ただ、なんとなく――。

 そう、なんとなく手に取ってみただけ。

 もしかしたら私にも、不思議な力を感じることができるんじゃないかって。


 同じ年頃の娘なら、誰しも一度はそんなことを考えたことがあるはず……。

 それなのに、「クリスタルが消えた」と騎士が騒ぎ立てたばっかりに、元に戻せなくなった。




 ……ふう。

 年甲斐もなく思い出に浸ってしまった。


 まあ、あのときは、都合のいい噂が広まってくれたお陰で、クリスタルの捜索もされず、私は大手を振って塔を抜け出すことができた。



「偽物の聖女がクリスタルに触れたせいで、クリスタルは消えた」



 本当に馬鹿馬鹿しい話。思い出しても笑ってしまうわ。

 噂話が好きな騎士たちに感謝しなくてはね。



 その後は、どうしようもない男と関わってシャノンが生まれて、身投げまで考えたけど、あのアデリーンに救われた。

 無邪気な貴族の娘。本当に馬鹿な娘。


 転んだシャノンをアデリーンが助け起こしたことがきっかけで、平民の私が男爵の後添いになれたんだものね。

 笑えるわ! 私の人生も捨てたもんじゃないって、あの頃は笑いが止まらなかったわ。



 男爵が死んでからは、節約生活から解放された喜びで、シャノンと二人で、ついつい贅沢の限りを尽くしちゃって、気がつけば借金が膨らんでしまったけど。



 クリスタルを手放さなかったから、シャノンは聖女になれたのだし。

 そういえば、魔物の討伐がうまくいかなかったっていう噂を聞いたけど、どういうことかしら。

 クリスタルさえ持っていれば大丈夫なはずなのに。

 まあ王子と結婚できなかったのは仕方がない。あとは、シャノンに聖女として頑張ってもらうしかないわ。




 それにしても、アデリーンとジャンポール侯爵との結婚話には肝を冷やしたわ。

 しかも、よりによってクロエ様の息子と結婚することになろうとは。

 まさに運命のいたずらとしか思えない。



 きっと、その頃から私の運命は、転がり落ちていったんだわ。




 ……どうしてなの?


 あのとき、クリスタルを返せばよかった?

 それとも、慎ましやかな生活を続ければよかった?

 少しくらい、アデリーンにも母親らしいことをしてやればよかった?



 まあ、今更そんなことを考えたところで、もう、どうにもならないか。




 ドンドンドン。


 なんて乱暴なドアの叩き方かしら。


「奥様。王宮より使者の方がお見えです」

「お通しして」


 この前、婚約披露パーティーの打ち合わせのために来た使者とは、随分違うのね。

 いかめしい表情。愛想笑いのひとつもなし。


「王様より、明日十時に王宮に参上せよとのご命令です」

「え? そんな急に言われても。こちらにも準備というものが――」

「ご命令に背かれた場合は、厳罰に処されます」

「だ、誰も行かないとは――。承知しました。必ず参上致します」


 たかが使者の分際で、なんという物言いかしら。男爵夫人をバカにしているわ。




 そんなことよりも――。

 王様はどこまでご存知なのかしら。


 もし全てをご存知だったら?

 今夜のうちにこの国を出た方がいいかしら?

 でもお金は? すぐに換金できるものなんて限られている。


 もしもの場合は、シャノンを通じて慈悲を請うしかなさそうね……。

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