第3話
車を降りると、彼は街中を当てもなく歩き出した。こんな風にうろついてたら、すぐに追ってきた警察に捕まってしまうんじゃないかと心配になる。
……心配?
それは違うか。
だって、逃げ続けることなんか出来ない。きちんと罪を償って、正しい道を歩き出すこと。それが人としての道というもの。
でも……。
私がなにも言わずにいたら、このまま彼は逃げ続けるつもりなんだろうか。そして私自身は、どうなるのだろう。
「ねぇ」
「あん? なんだよ」
「行くあてとか、あるの?」
私の質問に、彼はグッと詰まる。
「……ないのね」
よくわからないけど、銀行強盗ってそもそも一人でやるものじゃない気がする。彼には仲間とかいないのかな?
「お前に関係ないだろっ」
おっと、逆切れですかぁ?
「関係なくないでしょっ? 一緒にいるんだから!」
私、負けじと言い返す。
「……あ、うん」
私の剣幕に押されたのか、彼、素直に頷いてしまった。まったくもう、なにがしたいの!
「ねぇ、なんでこんなことしたの?」
「お前に関係あるかよっ」
「だから、ないとも言えない。それに、これからどうするかも決めてないんでしょ? 行き当たりばったりにもほどがあるじゃない」
つい、説教じみてしまう。
「……だよな。なんか俺、みっともないな。一世一代の大仕事のつもりが、結局何も取らずに逃げ出して。挙句、行く宛てもなくて女に怒られて……情けねぇ」
その場にしゃがみこんでしまう。
「情けないっていうか……自暴自棄になることは誰にだってあるし、衝動的な犯行だったってことなのよね? だったらこれ以上逃げ回るの、無駄じゃない?」
なるべく彼を責めないような口調で、説得に掛かる。私だって、いつまでも人質でいたくはないし、なんとか彼の安全を確保したまま、警察に届けたい。
彼はしゃがんだままの体制で私を見上げ、大きく息を吐き出した。
「あ~あ、もうやめだ!」
勢いをつけ立ち上がると、私に向かって言った。
「怖い思いさせて悪かったな。俺、自首するわ。どうせ逃げ続けるなんて無理だろうし」
あ、
「ちょっと待って!」
私、つい口を出してしまった。
「は?」
「あ、いや自首はわかった。でも、とりあえずお腹……減らない? 私さ、行きたいな、って思ってたお店があって。折角だからご飯食べない?」
「はぁ?」
変な顔で私を見る彼。そりゃそうよね、人質である私がご飯に誘うって、これじゃまるで……
「やっぱ、逆ナン……?」
ですよねぇ……。
「違う! 違うんだってば! でもほら、折角改心したんだから、美味しいもの食べてからでもいいかな、って? おせっかい? ああ、そう、私ってばおせっかい焼きなんだ!」
捲し立てる私を見て、彼は笑った。
「なんだよ、それ」
ああ、やっぱり笑った顔、悪くないな。
って、違う! そうじゃなくて!
「お店、ちょっと遠いんだけどいいかな?」
あの警察署は駄目だ。
別の管轄にある警察署まで行かなくちゃ。
それとも、警察署になんか行かないで、その辺の派出所に行けばいいのかな?
「別にどこでもいいよ」
そう言われ、私は深く頷いた。試してみるしかないのだ。
◇
私は途中で買ったキャップを被せた彼を連れ、駅へと向かった。駅には防犯カメラが多い。見つかるのは時間の問題かもしれないけれど、せめて美味しいご飯を食べさせてあげたかった。それまでは、追手が来ませんようにと祈る。
「ねぇ、名前……聞いていい?」
「は? 俺の?」
驚く彼に、私は頷く。
「あんた、変なやつだな」
はいはい、それも確かさっき聞きました~。
「私は広瀬夏海。夏の海、で、夏海」
先に自己紹介してしまう。彼は迷っていたようだったが、諦めたのか
「信二。信じるに漢数字の二」
「そう。信二君」
なんだか急に親近感が湧く。
「で、どこまで行くわけ?」
電車は郊外へと向かっている。私は、昔一度だけ行ったことのある洋食屋に向かっていた。今でもあるといいんだけど……。
目的の駅で降りると、街は随分様変わりしていた。でも、方向は間違っていないはず。
「あの、すみません」
角を曲がったところで急に声を掛けられ、立ち止まる。声を掛けてきたのは、スーツ姿の女性だった。道でも聞かれるのかと思い、私は素直に立ち止まり、
「なんでしょう?」
と、返す。
すると、どこから出てきたのかもう一人、ずんぐりむっくりとした中年男性が現れ、私と信二を挟み込むように立ちはだかる。
「私、こういうものです」
女性が懐から出したものは、警察手帳だった。神谷敦子、と書かれているそれを見て、私は「あっ」と思わず声をあげる。
自分が追われているわけでもないのに、全身が緊張するのを感じていた。なんで、どうして、という気持ちでいっぱいになる。
「都内で起きた、銀行強盗の件を調べているんです」
その言葉を聞き、隣で信二が深く息を吐き出す。
「やっぱ日本の警察ってすごいんだな」
そんなことを呟き、男の方に向き直った。
「俺が犯人です。逮捕してください」
両腕を前に突き出した。
「ほぅ、認めるのか」
ずんぐりむっくりの刑事は驚いた顔で信二を見る。
「安原さん、早く」
神谷敦子が、男をそう呼んだ。
「はいはい、慌てなさんな」
安原、と呼ばれた刑事が信二の肩に手を置く。と、何故か信二がグッと顔を歪めた。
「え?」
私は何が起きたかわからず、その光景をただ見ている。
信二は、胸を押さえ、倒れたのだ。
安原が信二を支える。そのまま道に仰向けに寝かせると、神谷に救急車を呼ぶよう、指示を出した。信二は動かない。何故?
「心臓発作だ。このままじゃいかんな。神谷、救急車は?」
「二~三分で到着だそうです!」
「近くにあるAED探せ!」
「はい!」
神谷が駆け出す。
その間、安原が信二に心臓マッサージを施していた。
「おい、しっかりしろ! 死ぬんじゃない!」
何度も心臓をマッサージする。
息を吹き込むが、反応はない。
「くそっ、なんでなんだっ」
そうこうしている間に、神谷がAEDの袋を抱えて走ってきた。
「ありました!」
「よし、準備しろ!」
手早く中から機械を取り出し、電源を入れる。その間に安原が信二の衣服をたくし上げる。電極パットを所定の位置に張り付ける頃には、周りに人だかりが出来ていた。
「いくぞ。三・二・一!」
安原の掛け声で、神谷がボタンを押す。
ピー、という電子音と、ビクン、と跳ねる信二の体。続けて安原が呼吸を確認する。
「戻ったかっ」
続けて心肺蘇生を続ける安原。
遠くから、救急車のサイレンの音が聞こえ始める。
「どいて! そこ、道を開けてください!」
神谷が周りにいるやじ馬たちを誘導し始める。救急車が到着し、タンカーがカラカラと運び込まれた。安原が救急隊と何かを話す。そして信二を担架に乗せ、
「あんたも、来て」
と、私を救急車に乗せた。
「脈は?」
「弱いです」
緊迫する車内で、安原が訊ねる。
「あなたは彼の、なに?」
「え……? あ、私は……人質……でした」
「人質? ああ、銀行から連れ出されたってのはあんたのことか」
「はい」
体に器具のようなものを付けられていく信二を横目に、頷く。
「どうしてここへ? 彼はなにか言ってたか?」
「いえ……その、ここへは、ご飯を食べに」
「は?」
安原が変な顔をする。当然か。
「あなた、無理矢理連れてこられたんですよね?」
顔を覗き込み、そう聞かれた瞬間、信二の体に取り付けられた機械から、ピー、という無機質な音が聞こえた。
そして、瞬きの次の瞬間……あの場所へ戻される。
◇
「どうして……」
私は、黒ずくめの男に羽交い絞めにされながら、思わず呟いていた。
「黙ってろ!」
銀行で、私を羽交い絞めにした信二は、そう言ったのである。
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