第7話 『大失敗だろうよ』

 眩しく照り付ける朝日に目を覚ました紗雪は、辺りで二つの声がしていることに気が付いた。

 ユウと、あの妖魔の少女のもの。言い合っているような会話だ。


「じゃあこっちなら——」


「やだ! さゆきが——」


 起き抜けの耳は頼りなく、所々何を言っているのか分からない。

 あまり眠れなかったせいで早くも襲い来る睡魔に抗い、無理矢理身体を起こして覚醒を促した。


「おはようございます……何を話しているんですか?」


 声を掛けると、ユウは振り向き、妖魔の少女はパッと明るく笑って駆けて来た。


「なまえ! ユウが考えてるんだけど、なんにもいいのがないの! やっぱり、さゆきじゃないとダメ!」


 朝から聞くには明るすぎる声音に気圧されそうになりながらも、そうですか、とだけ返す。


「名前……どうしても、私でないといけませんか?」


「ダメ! ユウはへたっぴ!」


「それは重々承知しておりますが」


「サラリと毒を吐かないでよね」


 困ったように笑いながら、ユウも紗雪の方へと歩み寄る。


「おはよう、雪姉。ちゃんと眠れ——てはないみたいだね。大丈夫?」


「え……? え、ええ、問題ありません。大丈夫です」


 我ながら細い視界。きっと、とんでもなくだらしない顔をしていることだろう。

 そう思うとすぐに襲い来る羞恥心。

 ユウの前ではしっかりとしたお姉さんでいようと決めたのに。


「名前……どうしましょうね」


「何にも浮かばない?」


「い、いえ、考えてはみたのですが……この子に合うかどうか。私も、自信はありませんから」


「だいじょうぶ! 早く早く!」


「そ、そう急かさないでください。私にだって、心の準備というものが……」


「むー……じゃあ、あさごはん食べたあと! いどうしながらおしえて!」


「は、はい、それまでには、何とか……」


「わかった! じゃあお魚とってくる!」


 と、元気よく駆けてゆく妖魔の背を、紗雪は何とも言えない心地で見送る。

 川に入り、バシャバシャと楽し気にはしゃぐ姿は、紛れもなく子どもだ。


「そう思い詰めなくてもいいよ、雪姉」


 隣からユウが声を掛ける。

 紗雪は、妖魔の少女に目を向けたままで応えた。


「あの子にことについての一切は、僕の責任だ。何かあったら僕が全て責任を取る。だから——」


「そうはいきませんよ」


 続く言葉を制するように言って、紗雪は続ける。


「もう、請けてしまいましたから。名付け役」


 どこか諦めたような、それでいて晴れやかな顔に、ユウは目を閉じ、先のことは飲み込んだ。


「——そうだね。何かあれば、一緒に怒られようか。昔みたいに」


「そうならないことを祈ります。貴方の選択は失敗ではなかったと、そう信じさせてください」


『いやぁ失敗だ。大失敗だろうよ』

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