第447話 一斉昇格

 案内されたのは、教会のような一室だった。


「祈りでも捧げるのか?」と樹が呟くと、王は「ある意味では正解に近いな」と微笑む。


「ここは『昇格の部屋』。十分な経験を積みながらも、機会を得られぬ不遇な魔法種族に、昇格の機会を与える場だ」


そう言うや否や、王はこちらを見つめ──突然、魔法を唱えた。


「『同胞よ、汝らの姿を見せよ!』」


 瞬間、拠点にいたはずのラウダスと亜李華が突如その場に現れた。


「あれ、ここは……?」


驚く二人を見て、王は豪快に笑う。


「おお、祈祷師までおったとは!」


「あなたは・・・もしや、アルバレス国王では?」


「いかにも。突然呼び出してすまないな。どうやらこの旅人たちには、まだ魔法種族の仲間がいる気がしてな。せっかくだ、そなたたちの顔も見ておこうと思ったのだ」


そう言いながら王は皆を見渡し、ふむ、と頷く。


「やはり、資格は十分のようだな。ならば、そなたたちを次の段階へ導こう」


「えっ、それって・・・まさか!」


メニィが驚きの声を上げる。


「うむ。そなたたち全員を、この場で昇格させよう!」


 歓喜するメニィを横目に、ラウダスと王は部屋の奥の台へと進む。王が咳払いをすると、厳かな声で宣言した。


「我が同胞、魔法種族たちよ。そなたたちに、種族として次の段階へ進む機会を与えよう」


 王が手を掲げると、虚空から複数のアイテムが浮かび上がる。

紫の杖、青いマント、白い冠のような帽子──


それらは、メニィ、セルク、亜李華、ラウダスの頭上で静かに漂い、ゆっくりとその手に降りていった。


「ラーディーの王として、ここに宣言する。

そなたたちの経験を認め、上位の種族に昇格することを許可する!」


光が放たれ──


 光が消えた時、そこにはわずかに雰囲気が変わった仲間たちの姿があった。


特にメニィは、立派な赤いローブを羽織っており、まさに魔法使いといった風格だ。


「こ・・・これは・・・!」


「え・・・? これって、賢者の・・・!」


驚くメニィとセルクに、王は満足げに微笑んだ。


「お気に召されたかな? 新たなる上位・中位の異人たちよ。

そなたたちは、たった今生まれ変わったのだ──1つ上の階級の種族としてな!」


さっき虚空から出てきたアイテムは、昇格用のものだったのか。

つまり、皆が上位の種族に昇格したということか。


「すごい・・・これが、司祭の力・・・!」


 亜李華は杖を握りしめ、周囲に小さな氷の結晶を漂わせる。

元々僧侶だった彼女が昇格すれば、最上位種族である司祭となる。


一方、ラウダスは特に派手な反応を見せていなかった。

昇格は嬉しいようだが、浮かれた様子はない。


 そんな彼とは対照的に、メニィは喜びを隠しきれない様子だった。


「わ・・・私、これで魔法使いに・・・!」


彼女はもともと魔法使いになるため修行していた術士だ。

念願の昇格が叶い、嬉しくないはずがない。


「僕も・・・こんな形で、賢者になれるなんて!」


セルクも同様に喜びを噛み締めていた。

彼もまた、魔法使いから賢者になるために修行を積んでいたのだから、当然だろう。


 だが──ここで俺は気づいてしまった。


一人だけ、まったく変化していない魔法種族がいることに。


「あれ? キョウラさん・・・」


樹が、それを口にした。


そう、キョウラ。

彼女だけが、何も変わっていないのだ。


「なんだ? もしかして、資格がないとか・・」


昇格は誰にでもできるわけではない。

上位の種族になるには、それにふさわしい力と経験が必要だ。

条件を満たさなければ、アイテムを使っても昇格はできない。


 だが、キョウラの口から出た言葉は、予想外のものだった。


「いえ、私は・・・自ら昇格を拒否しました」


「そりゃまた、どういうわけだ?」


「私は、まだ洗礼も受けていない身です。それに──」


彼女は、俺を見た。


「姜芽様が、まだ中位の種族・・・『守人もりびと』で止まっています。

私だけが上位の種族になるわけにはいきません」


・・・ここに来て、そんなことを言われるとは。

当然のように、樹が俺を睨む。


「変わったことを言うお嬢さんだな。だが・・・その心意気、感心する!」


 王は、キョウラを見つめる。


「そなたは、この者と共にありたいと思っているのだな。いつ、いかなる時も。

だからこそ、自分だけが先に進むことを拒んだのだな」


「はい。姜芽様は、私が外の世界に出て初めて、心を許せた方ですから」


「そうか。だが、良いのか? この機会を逃せば、いつ昇格できるかわからぬのだぞ」


「ええ、承知しています。

ですが、最上位種族とは、苦難の果てにたどり着く境地であるはずです。

私は、楽をして昇格したいとは思いません。

王のご好意を無駄にするようで、申し訳ありませんが・・・」


「いや、良い。その心意気に、わしは感服した。

・・・その心、これからも決して忘れるな」


「はい」


キョウラと王のやり取りを聞いて、樹が改めて俺に嫉妬してくる。


「キョウラさんが、あんなこと言うなんて・・・

やっぱりお前、彼女の・・・!!」


 何を勘違いしているんだか知らないが、俺にそんなつもりはない。

だが、ああ言われると、俺も早く昇格したくなる。


守人の上、勇者と呼ばれることもある最上位種族──


勇人いさみびとに。


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