010 切っ掛けの恩人

 健気にも俺を守ろうとしてくれているのだろう。

 メイプルは俺の一歩前に立ち、両手を広げて立ち塞がる。

 だが、その肩に手を置いて、悪い人じゃないから大丈夫だと伝えた。


 黒い獣が速度を緩め、歩きながら近づいてくる。

 人が乗っても揺るがない強靭な体躯、見るからに戦闘能力が高そうな黒狼だ。


「ちょっと~、フィーリア~、一人で勝手に行かないでよ~」


 それに乗った人物が、なんとも気の抜けた声を発する。

 ツバの広い先の尖った黒い三角帽に、地味で簡素な黒いローブ。黒髪を二つ結びの三つ編みおさげにして、大きな丸眼鏡を掛けた、書庫にでも住んでそうな魔女といった風体の女性だった。

 その中にあって場違いに見える装飾品、首元のブローチがキラリと光る。


「ご無沙汰してます、フェルミンさん。昔、お世話になった、ハルキ・ウォーレンです。フィーリアから聞きましたけど、俺……私の事で心配とご迷惑をお掛けしたようで、深くお詫びします」


 キョトンと俺を見つめるフェルミンさん。

 しばらくして──恐らくフィーリアから説明を受けたのだろう──驚いた様子でこちらを見つめる。


「えっ? え~っ? ホントに~?」


 この様子を見るに、フィーリアの言葉は嘘……とは言わないまでも、たまたま用事で立ち寄ったら、偶然その場所に俺がいた……って感じかも知れない。

 フィーリアは俺の事を気に掛けていたのだろうけど、フェルミンさんはそうでもなかったようだ。


 さすがに村の人たちにも気付かれたようで、遠巻きに見ている人が増えてきた。

 そりゃそうだ。黒狼に乗った魔女だなんて、悪目立ちするにも程がある。

 そもそも、どうやって村の中に入ってきたのだろうか。

 門番が、驚きと恐怖で何もできず、見送ってしまった……というのはありそうだが。


 もちろん俺は、恐れたりはしない。

 黒狼に近付き、「やあ、ニック、相変わらず勇ましいな。でも、ごめんな。その姿だと、ここの人たちが怖がっちゃうから」と、詫びを入れつつ鼻筋を撫で、騎乗している魔女を見上げる。


「フェルミンさん、その格好だと目立ちすぎます。せめて黒狼ニックだけでも戻してもらえませんか? 近ごろ、獣による被害が増えてますから、あらぬ誤解を受けますよ?」

「歩くのって、面倒なのよね~」

黒狼ニックが畑や家畜を襲った犯人だと誤解されたほうが、もっと面倒なことになりますけど?」


 うっ……と、言葉に詰まったフェルミンさんは、しぶしぶ地面に降り立って、黒狼ニック精神世界アストラルへと帰還させる。

 服は……まあ、たぶん何を言っても無駄だろう。


 フェルミンさんは、魔女のような装いをしているが、当然ながら魔女ではない。

 魔女や魔王は、物語に出てくる悪しき存在であって、この世界にそんなものは実在しない。要するに、想像上の職業(?)だ。

 それに、万が一実在していたとしても、そんな分かり易い格好はしていないだろう。だから、フェルミンさんの姿を見ても、魔女だと恐れる人はおらず、趣味が悪いと忌避されたり、変な格好だと指を差されたりするだけだ。

 まあだから、フェルミンさんの格好は趣味の悪い扮装コスプレのようなものだった。


 ちなみに魔術士は存在する。正確には魔導術士だが、こちらは召喚術士と同じで、立派な技能であり職業だ。

 男性の魔導術士に向かって魔王と呼べば、大抵は嫌がられるものの、ノリノリで応じてくれる人もいるだろうが、女性の魔導術士に向かって魔女などと言おうものなら、きっと恐ろしい報復を受けることだろう。

 それぐらい、魔女は嫌悪の対象だったりする。

 

「ごめん、メイプル。事情は後で説明するけど、この人を小屋に連れていっていいかな?」

「もちろん構いませんよ。それでしたら、私は外に出てましょうか?」

「いや、そんな気を使わなくていいよ。ちゃんと紹介しておきたいし」

「はい、分かりました。ハルキお兄さま」


 フェルミンさんが素直について来てくれるか心配だったが、風精霊フィーリアの助言もあって、なんとか無事、陶器小屋に到着した。

 すぐに入り口や窓を全開にして、こもっていた湿った空気を追い出す。


「ふぇ~、すごくいい場所に住んでるのね~。妹さんと二人暮らし?」

「いえ、ここは借りている作業小屋ですよ。……それで、フェルミンさんは、何の用事でこの村へ? よければ案内しますよ?」

「あ~、私はいつも通り、各地を巡回して~……えっと、何だっけ?」

「各地を巡回し、異変を早期に発見して報告する……ですよ」

「……そうなんですね。お仕事、大変ですね」


 風精霊フィーリアがフォローする。

 フェルミンさんは、見た目は理知的で賢そうなのだが、性格は、なんというか……かなりいい加減だったりする。

 やはり今回も、気の向くまま放浪していたら、偶然この村にたどり着いた……といった感じなのだろう。要するに、これといった用事はないってことだ。

 だったら、いろいろと相談もしやすい。

 でもその前に、メイプルを招き寄せる。


「しばらく滞在されるのですよね」

「まあね」


 風精霊フィーリアが即答する。どうやら会話は彼女に任せるようだ。

 フェルミンさんの興味は、すでに小屋の中の物に移っていた。


「じゃあ、紹介しておくよ。この子は俺の妹で……」

「メイプルです。よろしくね、精霊さん」

「あなた……私を見ても驚かないのね?」

「実際に会うのは初めてですけど、精霊のことは少しは知ってましたから。お話しできて嬉しいです。よろしくお願いしますね、フィーリアさん」

「え? あっ、うん。よろしく、メイプル」


 よく喋る風精霊フィーリアだが、真っ直ぐに好意を向けられるのが苦手だったりする。そういう所も変わっていない。


「さっきの黒い狼はニック、あと、人形のデイジーがいるんだけど、この三体がフェルミンさんの召喚体だよ。あれから、増えてなかったらだけど」

「召喚体ってことは、やっぱり……」

「うん、フェルミンさんは召喚術士、俺が王立学院で召喚術を学ぶ切っ掛けを作ってくれた人だよ」


 黒いローブに付けられているブローチは、その身分を明かすもので、杖と鉄鎖の紋章は、召喚術士を表している。

 フェルミンさんのブローチには、杖と鉄鎖の紋章に加え、一角獣ユニコーン影絵シルエットが合わさっている。これはつまり、宮廷召喚術士の証であり、国王直属の部下であることを意味する。

 つまり、こう見えてフェルミンさんは、国王と直接話せるほどスゴイ人なのだ。

 そういう事は聞こえているのか、フェルミンさんは「そうよ~、私ってすごいのよ~」と言いながら、エヘンと胸を張った。

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