第一話 勿怪祓い承ります
若先生・赤城清司郎
江戸は武士の街である。街の多くは武家屋敷や社寺の敷地であり、その合間あいまに町人や庶民の住む土地がある。狭い土地にひしめくように立ち並ぶ店や長屋で、人々は今日を暮らしている。
といっても手狭な裏長屋ではなく、地主の
清司郎は当年取って十九、人にものを教えるにはまだ少々若いせいもあり、大人たちからは若先生と呼ばれている。一方で子供たちにしてみれば歳が近く、偉そうでないところがいいのだろう、評判は上々というところである。
この日も清司郎は朝から昼までの間子供たちの世話に走り回っており、昼になって子供たちが自分の家へ帰っていくと、やっと
「若先生、いる?」
玄関から声をかけられて、清司郎は眠たい目をこすりながら返答した。
「開いてるから入っていいぞ」
それが、清司郎の仕事仲間であるお
「昨日の
「いつもすまん」
勿怪とは、
「それで、あの墓は?」
「今度の勿怪騒ぎで放っておくわけにもいかなくなったみたい。すぐにでもお堂を建て直して、変なものが居着かないようにするって」
「あの坊さんもなかなかの
「そんなとこでしょうね」
お榛はそう言いながら、持っていた折り詰めを広げた。
「お昼、どうせまだなんでしょ?」
「
清司郎がたずねると、お榛は「まさか」と首を振った。
「これはね、ある人からのいただきもの。あたしたちのこともだんだん知られるようになってきたみたいだからね」
「ほう?」
折り詰めの中は刻んだ
「こんな弁当一つで頼もうってわけじゃないんだろ?」
「そんなわけないでしょ。勿怪祓いを引き受けてくれればちゃんとお金も払うって」
「まあ、それならいいが……」
言いつつ、卵焼きを一切れ口に運ぶ。
口に残らない、ほどよい甘さがつけられている。それに菜飯の方も飯と青菜の割合がちょうど良い。煮魚は箸で
「……うまいな。これを作ったのはどこの料理人だ?」
「あ、若先生もそう思った?」
「その様子だと、違うのか?」
「呉服商の
江戸に讃岐屋という店は何軒かあるだろうが、呉服屋の讃岐屋といえば、この頃話題の
あるじの
その徳右衛門なら弁当を作るにも手を抜かず、ちゃんとした味付けのものを作るだろう。
「……で、その讃岐屋徳右衛門がなんだってまた俺達みたいなしがない勿怪祓いに頼もうって言うんだ? あそこくらいの大店なら
「まあ、色々あるんでしょ。それで、若先生はこの話、受けるの? 受けないの?」
「弁当食べた以上、受けないわけにはいかないよな。さてはそのために弁当を先に出したか」
「そういうこと。食べ終わったら早速出かけましょ」
弁当を食べ終えた清司郎はさっそく立ち上がり、帯に愛刀
戸口を出ると、すぐ目の前に築兵衛の店がある。
「ほう、
「あっ、若先生! これから昼めしか?」
子供たちの兄貴分である
「いや、昼はもう食べたんだが、ちと急な用事ができてな。すまないが、昼過ぎは留守にする」
「おっ、やった! じゃ昼過ぎは遊びに行っていいんだね?」
「あんまり
店の中から築兵衛が出てきて、子供たちに釘を刺した。
「おや赤城さま、お出かけですか?」
「ええ、まあ……。突然のことでもうしわけないのですが」
「いえいえ、昼前はきちんと面倒を見てくださっているのですから構いませんよ。たまには羽を伸ばすことも大事です」
清司郎は築兵衛に礼を言うと、待っていたお榛と連れ立って讃岐屋へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます