14 雪夜

「いつ僕のことを好きになったんだい、ルネ」

「最初……いや、夏、かなあ」


 ほら、君が雷に怯えていた日があったろう、とルネは懐かしそうにグラスを傾けた。空になったグラスを見てクロードはボトルを持ち上げたが、そちらもすでに空になっている。


「あれか……恥ずかしいから忘れてくれよ」

「なんでだよ」


 もう一本開けるか、とクロードが立ちあがると、ルネがとろけるような声でクロード、と呼んだ。差し出された手のまま、椅子に座るルネの上に跨るように乗る。


「こうやって、俺に抱き着いてきてくれただろう? あの時、君を放したくないと思ったんだ」


 栗皮色の目は、深く、穏やかに濡れていた。クロードはルネの肩に手を回し、いつかのようにその目を覗き込んだ。

 それから目を閉じ、唇を合わせる。


「……ん、っ」


 軽く唇を重ねるだけのつもりだった。だが、ルネはクロードの頭を押さえて舌を絡ませてきた。柔らかく舌先を吸われ、口内に舌を差し入れられる。上口蓋をくすぐられ、脳内がぞくぞくと溶けていく。

 自分の尻の下で、クロードは硬いものが膨れ上がるのを感じた。今回は隠す気はないらしい。

 ちゅく、と濡れた音を立てて唇が離れる。見下ろしたルネの唇は、ストーブの光を反射して光っていた。


「泊まっていくだろ? ルネ……」

「いいのか?」

「うん……」


 上がった息と熱くなった頬を隠すように、ルネの肩に力の抜けた頭を埋める。ルネの太い指が、髪を掻き分けるように耳のひだをなぞり、首に触れる。

 背中に回された手が腰にまで降りてきたとき、クロードは堪らず小さな声を漏らした。

 杖が手から離れ、床に倒れる音がする。欲望のままにクロードはルネの骨ばった首に唇を押し付け、皮を甘く食み、それから吸った。最初は弱く、段々強く。

 顔を離すと、ルネの首には真新しい赤い跡ができていた。


「……印を、つけてやったぞ」

「あっ、もう……クロードっ」


 つけたばかりの痣を指先でなぞる。くすぐったそうにルネが笑った。シャツのボタンを外され、お返しとばかりに鎖骨の上を強く吸われる。

 襟元から入ってきたルネの指が、クロードの胸の突起をつまんだ。


「ふ、あ、あぁっ……」


 甘く上ずった声を上げてクロードは身をよじった。クロードの下腹部もまた熱く滾っていて、服の中が窮屈になっていた。ルネの上で腰を落ち着きなく動かすと、は、と熱い息をついたルネはクロードを抱いたまま椅子から立ちあがった。

 閉め切っていたせいで空気の冷たい寝室に運ばれ、ベッドの上に降ろされる。火照ってきた体に、冷えたシーツが気持ちいい。

 胸を期待に高鳴らせながら、クロードはじれったそうに服を脱ぐルネを見た。窓から差す雪明りが、無駄のない筋肉を映していた。



 翌朝、しゅんしゅんいうケトルの音でクロードは目を覚ました。

寝室の中はぽかぽかとしていて、薄く、梨の花に似た香りが漂っている。細く開けた目を、眩しいばかりに明るい光が刺した。


「……むぅ」


 ぼんやりとしたまま寝返りを打ち、うつぶせになって目を閉じる。毛布も被りなおして明るい光から逃げていると、隣の部屋から足音が聞こえた。


「起きたか、クロード。新しい年はとうに始まってるぞ」

「ああ、ルネ……いい年を過ごそうな」


 もそもそと答えると、サイドテーブルに何かが置かれる気配がした。またベッドに入ってきたルネが毛布の上からクロードを撫でる。


「ほら、朝食作ってきたから一緒に食べよう」

「ん……」


 目をこすりながら頭を出すと、ちょうどルネがサイドテーブルから取り上げたトレイを自分の膝の上に置くところだった。上には湯気の立つカップと昨日の残りのチーズが挟まれたパン。こちらも残り物の、冬野菜のテリーヌが添えられている。


「ありがとう、ルネ」


 まだどこか怠い体を、引きずるように起き上がらせる。微笑んだルネが、クッションを背中に当ててくれた。


「体、平気か?」

「うん」


 そう答えたものの、あれから何回も求められた体は、全くいつも通りというわけにはいかない。まだ敏感な乳首は擦れる毛布にすら反応したし、体の中もまだじんじんとしているようだった。

 だが、痛みや起き上がれないほどの疲労感はない。

 ルネが優しく扱ってくれたからだ、と思う。

 大きなカップを受け取り、なみなみと入った紅茶を口に含む。少しの渋さと甘い香りが、ゆっくりとクロードの中に染みわたりながら眠気を覚ましていく。


「なあルネ、今日は梨園で作業しないのか」

「え、今日?」


 パンをかじりながらクロードが言うと、ルネは面食らったような顔をした。その首筋に自分の付けた跡があるのを見て、クロードはひそかに満足する。


「そんな新年早々するつもりはないぞ」

「じゃあいつから始めるんだ、明日か? 明後日か?」

「何だ何だ、どうしたクロード」


 困惑したように眉根を寄せ、ルネはクロードを覗き込んできた。


「梨がどうしたってんだ」

「ルネが作業しているところを、絵にしたいんだ」


 早く絵を描きたくて、体がうずうずしている。あの絵の具を最初に使うのは、ルネの絵だとクロードは決めていた。

 え、あ、とルネは変な声を出して目を見開いた。窓の外に広がる梨畑を見て、それからまたクロードを見る。


「な、梨畑にいる俺なんて、描いたって面白くともなんともないだろ」

「そんなことはない」


 いつも見慣れた当たり前の景色だからこそ、それを描きたいのだ。

 クロードが断言すると、カップを手に持ったルネははにかむように俯いた。耳が赤い。


「じゃあ、た、食べ終わったら……少し、剪定でもするか」

「ああ、ありがとうルネ!」


 クロードは急いでパンと、そしてテリーヌを口に放り込んだ。申し訳ない、と思ったが、それよりも嬉しいという気持ちが強かった。

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