第7話 ほんとのおもい

「ばっ、お前……!」

アオさんが少しひるむ。

だけどボクはひるまない。

「アストラルに行きたいんだ」

真剣な目でアオさんを見た。

すると、アオさんは急に声を荒らげた。

「ナノ!いい加減にしろ!なんで俺があんなに誘いを断ったのを見なかったとでも言うのか?!」

いや、見てたよ。ちゃんと。なんならずっとそばに居た。

「理由があるから俺も断ってる!悩ませないでくれ!頼むから!」

ボクは壁まで詰め寄られた。

「嫌なんだよ…………」

「………………………」

こんなに感情的なアオさんは見たことない。

いつも冷静な人だから。ボクに怒ることがあったとしても、感情をこんなに表に出して言うことなどなかった。

ボクを挟んだ両腕を壁に着けたまま、膝から崩れていくアオさんをしばらく見つめていた。


「………あんな日に、二度となりたくない」


その言葉にハッとする。

アオさんが言う"あの日"にボクは心当たりがあった。

三年前、ボクらがここに来る前の話だ。

♦♦♦♦♦

当時17歳だった。

そんなボクにも愛している人がいた。

「ヴァレリア」の実の娘。

同い年の、ふわふわしてる可愛い子。

ハピー族の天使の羽が世界一似合う。

被検体であるボクに、一番そばに居て優しくしてくれた。この子がいるだけで、辛いその日の記憶も忘れてしまうくらい幸せに変わる。

その子が考えてくれた「ナノの研究終了お祝い」のために、ものを買いに一緒に出かけているときだった。


ボクらは襲われた。

ドレッドノヴァ連合に。

この日が、今日まで続くドレッドノヴァ連合との争いの始まりだった。

そう、一番初めの被害者は、ボクらだった。


その襲撃のせいで、ボクとその子は命を落とした。

たまたまその日に出かけただけなのに。

ボクは愛する人を守るために庇った。

けれども。

2人の命が無くなった。


その報告を受けたゼフィラ研究所はすぐに遺体のボクらを引き取った。

ボクは庇ったせいで身体がバラバラに、

彼女の姿は綺麗だったが心臓は動かなかった。

その姿を見たヴァレリアは、当時有能だったアオさんに、こんな命令を下した。

「被検体を復元しろ。身体がボロボロでも、息を吹き返すところまで復活させろ。」

アオさんのエクリプスは『ヒール』だ̀っ̀た̀。

アオさんは葛藤していた。

被検体のボク。ヴァレリアの娘の彼女。

アオさんは立場的に随分と下の方だったから、反論することは許されず、命令は絶対だった。

二人生き返らせることも考えた。

でも、当時の彼の力では到底無理があったし、そもそもエクリプスで誰かを生き返らせることが出来た、なんて実話もなかった。


でも、アオさんはやり遂げた。

ボクのバラバラになった身体を、綺麗な肌のところだけ縫い付けて。

丸一日使ってボクを生き返らせることに力を全力で尽くした。


それによって、アオさんはエクリプスを失った。

アオさんは誰かを救うためにこの力を使いたかったのに。

ボクらが一度死んだせいで、

「ヴァレリア」という自分の娘よりも自分の研究対象を優先した命令のせいで、

アオさんは大事なものを無くした。

♦♦♦♦♦

愛人を失った。

人を救う力を失った。


僕らにとって忘れない、二度と思い出したくないあの日が嫌でも蘇ってしまった。

ボクも俯くしかなかった。


でも、と顔を上げる。


「………アオさん」

彼の名を呼ぶ。

「ボクも、もう二度とあんな日にあいたくないよ。」

ボクはその場にしゃがみこんで、彼の顔を見つめる。

「あんな日、思い出したくもない。けど、思い出しちゃった」

苦笑を浮かべながらそう話す。

「けど、けどね、」

口を開く度辛い気持ちになりながらも、ボクは気持ちがちゃんと伝わるように、分かってもらえるように、ゆっくり、でも力を込めて話す。


ボクが今生きているのは、

毎朝好きな町を見ることができるのは、

毎日好きなことをできているのは、


幸せだと思える日々を送れているのは、


「あの日に死んだボクが、愛する人を失っても今生きている。必死に生き続けているのは、


命をかけても守りたい人がいるからだよ。」


誰か、なんて、言うまでもない。

本当に、このためにボクは生きている。

でも、今まで言えていなかった。


「守りたい。何があっても。ボクに幸せをくれた人だもの。自分を失ってでも、ボクに命を与えてくれた人だもの。」


フォーライア帝国の国民の特徴"エクリプス"。そのエクリプスを失うということは、自分を失うことに等しいのだ。


そして続ける。


「それなら。守りたい人がいるなら、その人を守れるだけの力はなくちゃならない。でも、今のボクには守りたい気持ちはあっても力がないんだ。だから、ね、」


彼の頬を手で包んで、ボクの方に向ける。


「ボクを、アストラルに入れてください。」


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