第3話 二人の共通点

 ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染み。

 けれど、自分の兄弟と結婚した愛しい人。

 そして、初恋を引きずり婚期を逃した。


 似すぎでしょ…私たち。


「その…」

 見るからに動揺を隠せない様子のケルネス様。

 今、必死で頭の中で言い訳を探しているのだろうか。


「そろそろ、戻りましょうか。一応主役である私たちが二人していなくなるのはよろしくないと思いますから」

 

 私は何事もなかったかのように笑みを浮かべながら、ケルネス様に声をかけた。

 そしてケルネス様の返事を待たず、私はクルリと背を向け広間へと向かった。


 彼は今、どんな顔をしているのかしら?


 好きな人が自分以外の人を見つめていた時

 好きな人が自分の兄と結婚すると決まった時


 どんな思いで二人を見続けてきたのだろう。

 そんなケルネス様の恋情に、私は自分の初恋を重ねていた…



◇◇◇◇



 結婚してから一か月。

 から、ケルネス様にディアーナ様の事について触れる事はなかった。


 「ケルネス様の想い人はお義兄様の妻であるディアーナ様ですか?」


 そんな事を確認して何になる? 

 彼の傷口に塩を塗るだけだ。


 きっと彼は想いを胸に秘め、誰にも気づかれたくなかったはず。


 …本当に、私と共通点が多すぎて嫌になる。


「ふっ」

 私は自虐的になり、思わず笑ってしまった。


「何がおかしいのだ?」

 ケルネス様は不思議そうなお顔をして、私を見ていた。


 いけないいけない。今は夕食の最中でした。


「いえ、私が木登りをしていた時のケルネス様のお顔を思い出したら…ぶくくくっ」

 ごまかすために別の話を始めたが、その時の事を思い出して本格的に笑ってしまった。


 それは昨日の朝の事。


 侍女が飛ばしてしまった洗濯物が、私の部屋の前に立っている大木の枝に引っかかってしまったのだ。


 私はバルコニーに出て木に飛び移り、ひょいひょいと登って洗濯物を取ってあげた。


 ただそれだけの事だったのに、下では執事や侍女に使用人たちが右往左往する事態に。


 果ては旦那様まで呼んできてしまい、慌ててやってきた彼はあんぐりと呆けた顔で私の姿を仰ぎ見ていた。

 

「ぶふっ! あの時のケルネス様の顔ったらっ あはははっ!」

 普段の澄ましたお顔とのあまりの落差に…ぶはっ! 

 思い出したら、また笑いが込み上げてきた。


「あ、あれは君が無謀な事をするから!」

 ケルネス様も昨日の事を思い出したのか、真っ赤な顔で反論し始めた。


 初めてお会いした時は、あまり表情を表に出さない方だと思ったけれど、そんな事は全然なかった。


 感情に素直な方だ。これでよくご自分の気持ちを押し隠していたものだわ…と感心する。


「でも梯子を準備したり、それを下で支える人や上る人など洗濯物一つで人員を割くのは非効率ではありません? 私が取ればすぐに終わりますもの。でも結局、人が集まってきてしまったから…意味がありませんでしたわね」

 コロコロと笑う私に、眉を八の字にして口角を上げるケルネス様。


「本当に君には驚かされるよ。木登りはするし、乗馬も嗜んでいるとは」

 ケルネス様は感心したように息をついた。


 そう、それは先週の事。


 パレルモア家が所有する牧場に、ケルネス様と馬を見に来ていた時に起きた出来事だった。


 調教中の馬が突然暴れ出したのだ。手綱を掴んでいた調教者は馬から落ちた拍子に綱が腕に絡まりぶら下がった状態になってしまった。


 私はすぐに馬に飛び乗り、声をかけ宥めた。幸いにも業者の腕は捻挫ですんだ。

 馬が暴れたのはハチが理由だったようだ。


 その時のケルネス様のお顔が…っ 目が転げ落ちるかと思うくらい見開いて…!


「ぶふふっ! ケルネス様の驚いた顔って面白いですわよね!」


「き、君が貴族の娘がしないような事ばかりするからっ!」

 ますます赤くなったケルネス様のお顔を、指摘するとまた怒られそうだから黙っておきましょう。


「乗馬も木登りも誰にならったんだ? 男兄弟はいなかったはずだが…」

 ケルネス様の質問に、私はピクリと反応した。


「…妹の旦那様からです。私と妹と妹の旦那様とは幼馴染でした。その彼から教えてもらいました」


 あの当時は怖かった木登りも乗馬も、カルディの近くにいたくて始めた事だった。

 彼が好んでいた遊びだったから。けど、カルディが選んだのは運動が苦手なおとなしい妹だった。私とは真逆の…


「幼馴染か…」

 彼もディアーナ様の事を思い出しているのかしら。


 さっきまで明るい雰囲気だった食卓が、一気に物悲しい様子に変わってしまったようだった。


「…そういえばケルネス様、チェスがお得意だそうですね」

 私は話題を変えた。


「え? 君はチェスもできるのかい?」

 ケルネス様はパッと顔を上げ、私の話に興味を示した。


「結構強いですよ」

 これもカルディの影響だけど。


「ふっ 本当に君のような女性は初めてだよ」

 楽しそうに笑うケルネス様。

 穏やかな空気が戻りホッとした。


 私たちは食後にチェスを始めた。

 結果は6回やって私の全戦全勝。


 負ける度に、ケルネス様の「もう一回」攻撃にそろそろ辟易し始めていた。

 結構、負けず嫌いなのね。やれやれ。


「お得意と聞いたのですが、自己採点が甘すぎません?」


「も、もう一回!」


「えーっ 一度出直してきて下さい」


「なっ! こ、今度は勝つ!」


 結果は7回目の勝利。


 子供のように本気で悔しがるケルネス様に親しみを感じた。

 この人となら、形式上でも夫婦としてうまくやっていけそうね。


 この数日後に悲しい出来事が待っているとも知らずに、この時の私は呑気にチェスを楽しんでいた。

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