信周対可成
信周率いる岸軍は、大軍であった織田軍に対し奮戦するものも、次第に追い詰められていき、織田軍が優勢となる。そして、堂洞城の包囲が完成した。
「やはり、多勢に無勢であったか」
同数での戦であったら、岸氏が勝っていただろう。しかし、何倍もいる織田軍に対し、周囲の支援もなく、孤立した岸軍が籠城する堂洞城の落城は時間の問題であった。
「で、伝令! 北門にて敵が討って出てきます!」
「またか、これで何回目だ」
「リン様、十度目かと思われます」
すぐさま、北門を取り囲んでいる味方の元へと行く。
戦場に着くと、再び岸信周が城を討って出て、織田軍と激闘を繰り広げていた。
「信周、その武勇、敵で戦うには惜しい男だ」
俺は、信周を見つけ出し、刀を振り下ろした。
「はぁ。中美濃を守る者として、負ける訳には行かぬのだ」
さすがに連戦は体力にきているのか、信周は息切れをおこしている。
「信周様……南門が突破されました……!」
可成が、突破したのか。片方の門が突破したなら、後は時間の問題だ。
「そうか、妻と息子は生きているのか?」
「はい。信周様の奥方も長刀を持って戦っております。息子の信房様も織田軍の攻撃に対し奮戦をしております」
「わかった。皆、北門は破棄するぞ! 二の丸での防衛に切り替える!」
「はっ!」
信周は、俺の攻撃を押し返すと、北門へ退却する。
「敵は、二の丸に退却するつもりだ! 追撃しろ!」
「おおおお!」
織田軍は、退却する岸軍を追いかけて北門を通り抜ける。
「進めー!」
織田軍は、勢いに身を任せて、二の丸を目指し進軍していく。
「今だ! 攻撃を仕掛けよ!」
信周の声が聞こえた瞬間、退却したと思われていた岸軍が奇襲をしかけてきた。
「城内で奇襲だと?」
あの退却は、偽装だったのか。信周、なんていう勝利への執着心だ。ここまで諦めが悪い男は、なかなかいないぞ。
「油断して城内に入って来た織田軍を駆逐するぞ!」
「おおおお!」
信周は、先頭で兵を自ら率いて突撃する。
「リン様。我々が、地理的に不利です。一度、城外へ逃げましょう!」
「意地になっても仕方ないか。皆、退却だ!」
ロイが殿を務めて、堂洞城の城外へ脱出する。
「リン様、城外に出ても敵が追撃してきます!」
ここで、北を取り囲んでいる織田軍を倒すつもりか。
「これ以上逃げると城の包囲に影響が出る」
「リン様、可成様からの伝言です。『この先にある小高い丘まで逃げろ』とのことです」
「可成、なにか策を思いついたのか。皆、もうしばらくの辛抱だ。俺に、ついて来い!」
俺達は、信周の追撃を受けながらも、指定された場所にまで後退した。
「可成が言っていた場所は、確か、この辺だったが」
「織田軍を駆逐せよ!」
背後から信周の声が聞こえた。
「しつこいな」
一体どこまで追ってきやがる。
「岸軍が来たぞ。撃てぇ!」
バン! バン!
空気が揺れるような轟音が聞こえた。
この音は、火縄銃か!
「苦戦していたようだな」
「可成、持ち場を離れて大丈夫なのか?」
可成が、俺の前に現れる。
「忠能が代わりに指揮をしてくれている。大丈夫だ」
「そうか、助太刀感謝する」
「岸信周。厄介な相手だったから、ここで倒しておきたい。ここまで、深追いしてくれて都合が良かった」
「いつの間に鉄砲隊なんて、引き連れていたんだ」
先鋒隊には、鉄砲隊は組織されていなかったはずだ。
「ついさっきだ。信長様が率いる本軍が、到着した」
「もう到着したのか」
信長が、到着するのは、もう数日かかるかと思っていた。やはり、信長の強さは、その行動力の高さにあるな。常に先手を打って行動しているように見える。
「信長様が、『鉄砲隊、百人を好きに使って良い』と許可を出してくれた。それで、連れて来たんだ」
「なるほどな。おかげで助かったよ」
「あんなに猪突猛進で突っ込んで来た敵だ。今の攻撃は、相当効いたはずだ」
可成の言う通り、信周率いる岸兵は、足並みが崩れて、混乱していた。電撃戦での攻撃は、一度挫折すると極端に動きが鈍くなる。
「退路も、塞いどいた。次は、退却できないぞ」
「今度は、俺達の番だ」
俺は、振り返り信周がいる方向を見る。
「反転攻勢だ! 今まで、やられていた分、やり返せ!」
「おおおお!」
織田軍は、反転し信周と、岸軍に攻撃を仕掛ける。
岸軍は、突然の銃撃により混乱しており、突撃してきた織田軍の攻撃を止めることが出来ず、次々と討ち取られていく。
「お前等、負けるな!」
信周が、突撃してきた織田軍の兵を次々と斬り捨てる。
「信周様に続け!」
「おおおお!」
岸軍の兵も。落ち着きを取り戻すと、反撃してきた。織田軍の兵と岸軍の兵が入り乱れる混戦の戦場化した。
「信周、この状況でも諦めないで戦い続けるのか」
「中美濃での最大の敵は、長井道利ではない。俺は、岸信周だと思う」
「確かにな。あの戦いぶりを見れば、俺も信周が最大の敵に見える」
可成は、そう言うと信周がいる方向に進みだす。
「可成、なにしに行く?」
「なに、相手してくるだけだ。久々に戦いたい相手と出会えた」
可成は、信周の前に立つ。
「貴様は、以前奇襲仕掛けた時、織田軍の兵に守られていた将か?」
「恥ずかしい場面を覚えられていたな。織田信長様に仕える家臣。森可成だ」
「このまま数の暴力で押していれば、勝てる相手だぞ。なぜ、俺の前に現れた?」
「手合わせを願いたい。俺もサムライの端くれ、強者との戦いを望んでいる」
「ふん、謙虚に見せかけて、野心が言葉に漏れているではないか」
信周は、そう言うと、可成に斬りかかり一騎打ちが始まった。
「リン様。ご無事ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。ロイも怪我はないか?」
「怪我はないです。今は、可成と信周が戦っているのですか?」
「そうだ」
お互い一歩も引かない斬り合いをしている。
「可成と信周。一歩も動いていないな」
「一歩もですか?」
可成と信周は、最初に立っていた場所から一歩も動かず戦い続けている。
「可成、穏やかそうな人柄をしておいて、プライドの高さが透けて見える。信周も同じくらいプライドが高い」
「信周もわかっていて、足を動かさずに戦っていますね」
この戦いは、先に動いてしまった者が負けるだろう。そして、その決着も近い内に起きる。
「可成って名乗ったか、なかなか強いな」
「主こそ、よく鍛えられた剣筋だ。ただの一地方を治める国人衆にしておくには、もったいない男だ」
「地位や財産は、ただの飾りだ。自分が誇れて死ねるかどうかが、一番大事なことだ」
「その生き方、見習いたいな!」
二人は、斬り合う度に強者だと認識して、次第に笑顔で戦うようになった。
「ロイ、どこ行っても、何かを極めようとする者は、どこかに少年のような子供心を持っているな」
「それは、リン様も同じことです」
「そうか?」
「えぇ、あの二人に似ていらっしゃる」
俺とロイが話している間に、可成と信房の戦いは激しさを増していく。
「はぁ」
「はぁ。どうした信房、もう息切れか?」
「そんな訳が、なかろう。ただの深呼吸だ。主こそ、息が荒いぞ」
「ただの深呼吸だ」
「アホ抜かせ」
戦いの激しさなのか、二人の呼吸に荒々しさを感じる。それなのに、お互い疲れた顔を見せない。
「この一撃を受けてみろ」
可成は、思いっきり信周に向けて刀を振り下ろした。
「馬鹿力め……ぐっ!?」
信房は、受け取るものも、動きが鈍ってしまった。
「動きが鈍っているぞ!」
可成は、そう言うと信周の持っている刀を弾き飛ばした。
「まだだ!」
信周は、バランスを崩したまま、短刀を抜いて可成に襲い掛かる。
「あまい!」
「なに!?」
可成は、自分の腰に差している短刀を指で弾き、信周の手に当てた。
信周は、たまらず短刀を落としてしまう。
「ここまでか」
「遺言はあるか?」
可成は、信周の首に刀を向ける。
「最後に、強きサムライと戦えて良かった」
「俺もだ」
可成は、信周の遺言を聞くと、刀を振り下ろし信周を斬り捨てた。
「信周様!」
岸軍の兵は、信周に近寄ろうとする。
「武器を捨てい! 貴様らの大将は、討ち死にしたぞ!」
可成は、生き残っている岸軍の兵に投降を呼びかけた。
「くっ」
「負けか」
岸軍の兵は、武器を地面に捨て、泣き崩れた。
「可成様、リン様! 堂洞城の城内から火が上がっています!」
報告に来た兵の言葉を聞いて、堂洞城がある方角に目を向ける。
「堂洞城に籠る敵兵は、城と運命を共にすることを選んだのか」
薄暗くなってきた、空が赤く染まっている。その明るさは、城が焼け落ちるまで、続いていった。
その後、可成と陥落した堂洞城へ行った。すると、堂洞城の守備兵は全滅しており、降伏した兵から、岸信房と信周の妻の死体を確認した。
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