双子のお祭りめぐり
うめおかか
まず手始めに軽い? ものでも(あんずあめ・フランクフルト)
目的地に近づけば近づくほど、人の数がどんどん増えていく。どこから出てくるのかなと思う人が多くて、普段なら疲れを感じてしまう状況だったりする。
けれど今日は、予め人が多い所に行くと決めていたし、人が少ないわけがないとわかっていた。すでに陽は沈んでいても、初夏の夜は暑くて額から汗が止めどなく流れる。昼間よりは涼しくても、人の熱気のせいか、夜なのにより暑く感じてしまうのは仕方がないと思う。
浴衣を着てくれば良かったけれど、準備をする時間がなかった。
でもこれだけ人が多いから、動きやすい格好が正解かもしれない。着慣れたGパンとシャツ姿はとても楽ちんだった。
「楽しみだなぁ」
人混みに流されるように歩きながら、わたしは嬉しさのあまり、声が大きくなってしまった。
「マリーお姉様、迷子にならないでくださいね」
「大丈夫だよ、ほら」
わたしの後を追うように歩いているのは、双子の妹であるマールだった。金髪碧眼の可愛らしい妹、普段は目立つけれど人混みと、外国人の観光客で溢れた場所ではそこまで人の視線を浴びない。妹もわたしと同様で私服姿だけど、涼しげなワンピースを着ている、とても可愛い。
わたしと妹はそっくりで、一卵性双生児というやつだった。だからわたしも金髪で碧眼、でも妹のように髪を伸ばしてない。短くしていた方が動きやすいし、邪魔にもならないし、お風呂の後に髪を乾かすのも早く終わる。ちなみに祖父祖母が外国人なだけで、両親は日本人と日本人と外国人のハーフなだけで、わたしと妹はどちらかといえば日本人の血が濃い。
それでもこうして見た目になってしまって、日本人離れした容姿に生まれてしまった。名前も漢字ではない。わたしたちの兄さんは、外国人には見えないんだけどね。
「だから手を繋ごうよ、マール」
「ですけど……」
「迷子になるほうが大問題だって。携帯で連絡は取れるけど、念のためだよ」
なぜか手を繋ぐことに抵抗する妹、恥ずかしいとかではないと思う。人混みの中で手を繋ぐと、通行の邪魔になるとかいろいろ考えてしまっているのだろう。
でも仕方ないだよね。だって大きな大きな、久しぶりのお祭りが開催されたんだもの。ここ数年は流行の病気でお祭りは軒並み中止になってしまったし、本当に久しぶりの規模の大きなお祭りは、多くの人を引き寄せている。
「小さい頃、手を繋いだじゃない。ほらほら」
考えすぎる妹の手を強引につかんだ。少し掌がじっとりと湿っていて、久々の人混みに緊張しているのがわかる。
そんなことを思っているわたしの手のひらも、力をいれすぎて湿っている。マールと違って、緊張と言うよりも楽しみが勝っていた。
だって久しぶりのお祭りのお囃子の響き渡っていて、目が奪われるほどの色とりどりの法被(はつぴ)が揃っていて、写真撮影もあちこちでしていて、とにかく楽しそうなのだ。
その空気に浸っていたら、楽しくならないわけがない。
浮かれた気持ちのまま妹を連れて観光名所である雷門を潜り、屋台の並ぶ石畳の道をどんどん進んでいく。このお祭りには初めてきたわけじゃなくて、小さい頃からよく来ている場所の一つだった。
知っている屋台も多いし、食べたことがある食べ物も多い。
「お姉様、屋台を覗かなくてよいのですか?」
「もちろん見るよ! 今日はお祭りじゃないと食べられないものを中心に食べよう!」
そう言いながら、もともとある店の通りをすぎて境内に繋がる門を潜った。
そして眼前に広がる露店の数に圧倒されて、言葉を完全に失ってしまった。
そう、ここは東京の観光名所の一つでもある、東京都台東区にある浅草寺だった。
病気の流行で観光客も激減して換算していたけれど、少しずつ確実に落ち着きを取り戻して、今日はとても人が多く賑わっている。
昔から見た光景が、元に戻ろうとしている。
それがなんだか嬉しい、それでも体調とか注意しないといけないけどね。
高校生になってからお祭りが開かれなくなって、三年間お祭りにいけなくて寂しかったんだ。
その後、大学受験を終えて落ち着いた頃に、お祭りが開かれるのを知って、絶対に行くと決めていたんだ。妹も行く気だったし、本当は兄さんも来る予定だったけど、アルバイトの都合で行けなくなってしまったのだ。両親は仕事の都合で、一ヶ月家にいない。
だから今日は全力で楽しんで、そして兄さんにお土産話を持ち帰ることを忘れないようにしたい。そう決意しながら、少し開けた場所に立ち止まってわたしは妹の手を離した。ここなら妹の姿が確認しやすいので、迷子になることはないと思う。
念のためにお互いにはぐれたときのため、待ち合わせ場所は決めてある。携帯電話があればなんとかなると思うけど、人が増えれば増えるほど、電波が不安定になったりもするからね。
「何を食べようかなぁ」
「少し見て回らないのですか?」
「また同じ場所に戻れるとは限らないから」
常に人が流れている場所で、また同じ場所に戻れるとは限らない。大きなお祭りでは珍しくない現象ではないし、それだけ人が多いってことでもある。
「それはそうですね。それだと……あ」
妹は何かに気がついて、少し高めの声を上げた。けれどすぐに恥ずかしそうに口元をおさえている。こんなに人が大勢いるので誰も気にしない。むしろ屋台の多さに目が釘付けだし、誰も彼もが嬉しそうな声を響かせている。
「何か食べたいのあったの?」
「あの、懐かしいと思いまして」
妹の視線の先には『あんずあめ』と大きな文字が書かれた屋台があって、おじさんが忙(せわ)しなく果物に水飴をからめていた。それを氷の上にのせていく様子を見るのが、とてもとても面白かった。色とりどりであんずあめなのに、みかんとかパイナップルもある。
同時にとっても懐かしいな、って思った。
小さい頃に始めて見たあんずあめの屋台は、まるで豪華な宝石のように見えたんだ。色も鮮やかだし、透明な氷は光を吸い込んできらきらと輝いていてとても綺麗だったし。
「よし、一つ食べよう! おじさん、一本ちょうだい!」
私は屋台に近づいて、元気よく注文をする。
「あいよ、じゃあおじさんと勝負だな」
爽やかな笑顔をしているおじさんは、挑むようにけれど楽しそうに腕をまくる。
「じゃんけんに勝ったら、もう一本おまけな」
「よーし」
「頑張ってください、お姉様」
妹の期待を一身に背負いながら、私は気合いを入れておじさんを見つめる。
「行くぞ、じゃんけん……」
『ぽい!』
私とおじさんの手が伸びて、勝負は一瞬で終わった。
私はチョキ。
おじさんはパー、私の勝ちだ!
「やったーー!」
大喜びする私の横で、妹は小さく拍手をしてくれている。その仕草がかわいいなぁ。
「お嬢ちゃんの勝ちだな。二本持っていきな」
おじさんに小銭を渡してから、私たちは真剣に果物を選ぶ。
あんずもいいんだけど、みかんも美味しいんだよね。あと食べやすい。
「じゃあ……私はこれ!」
わたしはみかんを選んだ、妹はすでにあんずを選び終わっている。おじさんから最中(もなか)をもらって、その上に飴を乗せて歩き始めた。
氷の上に乗っていた飴はちょっと固いので、少しだけ時間をおきたいけど。
「あの、お姉様」
「食べて良いんだよ、マール」
「歩きながら食べづらくて」
「それなら、あそこで食べようか」
困ったように伝えてきた妹を連れて、私は屋台の隙間にあるスペースで立ち止まった。
それではいただきます!
飴が刺さった割り箸を手に取って、最中(もなか)から剥がすように持ち上げる。透明な甘い甘い飴の中に閉じこめられたみかんは、とっても綺麗で美味しそうだった。眺めていたいなと思ったのは一瞬で、空腹が勝ってすぐに口に入れてしまう。
水飴が固くて冷たい、でもちょっと強引に噛めば食べられないこともないけど……ちょっと無理そうだった。
わたしは諦めて、固い水飴を口の中の熱で溶かしながら囓った。
うーん、甘い。水飴ってこんなに甘かったっけ、と思うほど甘い。あとちょっとだけおまけみたいについてきた、缶詰のみかんの味もする。酸っぱいよりも甘い、でも水飴とはまた違う甘さだった。
「懐かしい味~」
「ええ。甘酸っぱいです」
妹はすでにあんずまでしっかり囓っていて、美味しそうに食べている。よく父さんと母さんにねだって食べさせてもらった定番の味。
今度はみかんを多めに食べてみると、しっかりと果物の味がした。食べる比率で味が違うよね、みかんの味がちょっと酸っぱい。
妹は水飴と一緒にあんずを食べるけど、最終的にはあんずだけを味わっていることが多い。今日も以前と変わらない食べ方をしていて、嬉しそうな顔がとても可愛らしかった。
懐かしいけど、お腹も空いていたわたしたちはあっという間に食べ終えてしまった。器がわりの最中(もなか)もしっかり食べるのを忘れない。
「……お肉とか食べたいかも」
飴を食べたことで、胃が動き出したんだと思う。少しお腹に溜まる食べ物がいい。
「そうですね、これだけだと……」
「そうだよね」
妹も同じ気持ちみたいで、屋台をきょろきょろと見回している。屋台の種類が多いから、簡単に決められないけどすぐに食べたい気持ちもあって……何が良いかな。
「あれだ!」
思わず目に飛び込んできた文字に、わたしは声を抑えることができなかった。
「すみません、フランクフルト一本ください!」
妹の返事を待たずに、わたしは屋台に飛び込んで注文していた。絶対に食べるぞ、というわたしの意気込みに、屋台のお姉さんは笑顔で応じてくれた。熱い真っ黒な鉄板に転がっているたくさんのフランクフルトは、お祭りでしか見られない光景だと思う。少し赤みのある色に、お化粧したみたいに黒い焦げがついている。良い焼き具合に、わたしの喉はごくりと鳴っていた。
「一本で良いの?」
「今日はたくさん食べたいから、妹と分ける予定なんです」
「そうね、屋台の種類も多いから分けるといいかも……双子?」
「はい」
フランクフルトを焼きながら、お姉さんは物珍しそうにわたしたちを眺めている。
一卵性双生児の双子なので、わたしとマールの見た目はとても似ている。服装も違うけれど、実は髪型も全く違う。
わたしはショートカット、マールは髪を伸ばしていて、今日は暑いので簪(かんざし)で髪をまとめていた。
「仲良しでいいわね~」
「うちの妹は可愛いですから」
「お姉様、それはいいですからほら」
わたしの代わりにマールが手を伸ばして、フランクフルトを受け取ってくれた。プラスチックのトレイに乗ったフランクフルトには、真っ赤なケチャップと辛そうなマスタードが波打っている。もうこの見た目だけで美味しそう!
どうしても妹が可愛くて、双子だと訊ねられると自慢してしまう。だってしっかり者の妹で、学校では結構もてるし、でも前に出ることはなく控えて支えてくれる。
そんな妹に家族が助けられる場面も少なくない。
妹に促されて、わたしはお金を支払って、また少し開けた場所へと移動した。
「冷めないうちに食べましょう、お姉様からどうぞ」
微笑みながら、マールはフランクフルトが乗ったトレイを手渡してくれた。掌から温かさが伝わってきて、すぐに囓りたいけど……。
「はい、マール。あーん」
「……お姉様」
ケチャップとマスタードが垂れないよう、フランクフルトが刺さった少し太めの木の棒を握りしめて、マールの口元へと近づける。呆れ顔をしているけれど、マールだってお腹が空いているはずだし、食の好みも結構似ている。
ついでにマールのほうが食べるのは好きで、興味もわたしよりも強い。
「先にお姉様から食べて下さい」
「マールから食べてほしいな~」
少し明るい声でお願いすると、マールはため息を一回ついてから、フランクフルトが刺さった棒を受け取ろうとした。
「あーん」
「それは恥ずかしいので駄目です」
「わかった」
食べてほしかったけれど、わたしは素直に引き下がった。マールの声が明らかに低くなっている、これ以上怒らせたらお祭りの雰囲気が台無しになってしまう。
肉汁がはじけないように、マールは慎重にフランクフルトを囓った。美味しいのか、目がぱっと開いて笑顔に変わる。
「美味しいです。口の中が甘かったので、この塩っ気も良いといいますか……」
「それなら良かった、わたしも食べて良い?」
「もちろん」
マールからフランクフルトを受け取って、わたしは躊躇(ためら)うことなくかじり付いた。噛みつくとぱりっと皮が破れる音と共に、口の中で肉汁がはじけた。それにケチャップの甘さとマスタードの辛みが混ざると、さらに美味しさを増す。
「美味しい!」
「はい」
それからわたしたちは、あっという間にフランクフルトを食べ終えてしまった。
「あー満足」
「懐かしい味で、美味しかったです。でも」
「でも?」
少し寂しそうな顔を浮かべるマールに、わたしは首を傾げた。
「家では再現できない味なのが残念です」
寂しいじゃなかった、悔しそうだった。
料理を担当するマールとしては、家で作れないのが残念らしい。
「この場だからこそ美味しい、バーベキューもそうですが……」
「ほらほら、考え込まないの」
ぽん、とマールの肩を叩きながら、わたしは楽しそうに笑う。
「せっかくお祭りに来たんだから、たくさん楽しもうよ。まだまだ食べるものもたくさんだし!」
「食事以外もありますよ?」
「もちろん。ヨーヨー釣りとかもしたいなぁ」
そう、お祭りは食べるだけじゃない。でも久しぶりだから、食が勝ってるだけな気がする。
「そうですね、お兄様にもお土産を買っていきましょう」
「だね!」
明るい声で答えるわたしに、マールは微笑みながら頷いてくれていた。
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