第172話:それぞれの報告③

 ――竜胆が目を覚ましてから三日後、彼は退院することになった。


「お世話になりました、先生」

「お世話になりました!」

「竜胆さんも、鏡花さんも、お疲れさまでした」


 病院の入り口で竜胆と鏡花は、環奈と別れの挨拶をしていた。


「俺は特に何もしていませんけどね」

「私も」

「こんなことを言ってはいけないのだけど、私も何かできたのかと言われると、そうではないんだけどね」


 環奈が苦笑しながらそう口にすると、竜胆は首を横に振る。


「そんなことないですよ。俺たちがどれだけ先生に助けられてきたか」

「そうですよ! 私が入院している時なんて、先生がいなかったら耐えられなかったですよ!」

「うふふ。そう言ってくれると、ありがたいわ」


 こうして竜胆と鏡花は、環奈に手を振り病院をあとにした。


 病院をあとにした二人が向かった先は、協会ビルだ。

 入院中、恭介から連絡があり、提供したポーションの相場が決まったということだ。

 入金自体はギルド管理の口座に振り込まれることになっているが、金額が金額だからと恭介に言われてしまい、こうして足を運んでいた。


「お兄ちゃん、本当にプレイヤー活動しなくてもいいんじゃない?」

「そうかもしれないけど、さすがにそれはマズい気がするな」


 だらけたまま人生を終わりにするのは気が引けると、竜胆は苦笑しながらそう口にした。

 そのまま協会ビルに入り、顔パスになってしまったのか、誰にも止められることなく、支部長室がある階へ向かうエレベーターに乗り込んだ。


「……すごいね、お兄ちゃん」

「俺というか、支部長がすごいんだと思うわ」


 警備体制的にどうなんだと思わなくもないが、竜胆としては今の方がだいぶ楽なので、何も言わないことにした。

 そのまま支部長室の前まで到着すると、竜胆は扉をノックする。


『――入っていいぞ』

「失礼します」

「し、失礼いたします」


 竜胆と鏡花がそれぞれ返事をすると、扉を開いて中に入る。

 支部長室には拳児だけがいて、彼は椅子から立ち上がると、自らお茶を入れてくれた。


「ありがとうございます」

「まずは座ってくれ。お前たちだけに話をしておきたいこともあるからな」

「……?」


 拳児が口にした最後の発言が気になり、竜胆は首を傾げながらソファへ腰かけた。


「まずはポーションについてだが……下級と中級、全てを合わせて五〇〇万で買い取らせてもらう」

「「……ご、五〇〇万!?」」


 予想外の臨時収入となり、竜胆と鏡花は驚きの声を上げた。


「そんなに驚くところか?」

「だって、五〇〇万ですよ!」

「驚きますよ!」

「……竜胆プレイヤー、まさか口座の確認をしていないのか?」


 自分たちのリアクションが普通だと思っていた竜胆だが、拳児が呆れたようにそう口にしたことで、竜胆は困惑を隠せない。


「……最近は、見てないかも」

「なるほどな」


 納得顔の拳児は小さく息を吐くと、五〇〇万で驚かない理由を教えてくれる。


「竜胆プレイヤーはすでに多くの扉を攻略している。それに加えて今回のドラゴン討伐だ。……口座の金額、すごいことになっていると思うぞ?」

「「……マジですか?」」

「マジだ」


 竜胆と鏡花は顔を見合わせると、何度も瞬きを繰り返しながら固まってしまった。


「……とまあ、ここまでがお金の話なんだが、ここからは協会の人間としての話になる」


 気を引き締め直した拳児がそう口にすると、竜胆はハッとした表情となり、すぐに背筋を正す。


「影星から話は聞いているかと思うが、ドラゴンを倒した謎のプレイヤーが誰なのかを、多くの奴らが調べ始めている」

「……聞いています。他の支部もそうですけど、裏の組織が動き出しているって」

「その通りだ。そこで、俺からの提案としては、東部地区の支部長として、公に竜胆プレイヤーを守る術がある」

「本当ですか、支部長!」


 拳児の話に食いついたのは、竜胆ではなく鏡花だった。


「本当だ。しかし、説明もなくいきなり竜胆プレイヤーを守るというのは、さすがに他との軋轢が生まれてしまう」

「……なるほど。俺というプレイヤーの情報を公にして、守るに値する人物だと知らしめる必要があるってことですね?」

「話が早くて助かる」


 竜胆の反応を見て、拳児は大きく頷きながら答えた。


「分かりました」

「……即答か、意外だな」


 考える時間が必要だろうと思っていた拳児は、竜胆が即答したことに驚きの声を漏らした。


「いいの、お兄ちゃん?」


 驚いたのは鏡花も同じで、心配そうな表情で問い掛けた。


「これから先、俺だけじゃなくて鏡花が狙われる可能性だって出てくると思います。鏡花のことも守ってくれるのであれば、お受けいたします」

「お兄ちゃん! 私のせいで公にするだなんて、ダメだよ!」

「分かってるよ。鏡花が強いのは分かってるし、これはついでさ」


 声を荒らげた鏡花だったが、そんな彼女に対して竜胆は微笑みながら首を横に振り、そう答えた。


「俺も個人ではそろそろ限界を感じていたんだ。というか、すでに支部長もだけど、恭介や彩音、影星や国親にも助けられているんだ。だから、サポートをしっかり受けるのも悪くないかと思ったんだよ」

「……本当に、私だけのためじゃないんだね?」

「あぁ。だから、気に病まないでくれ」


 竜胆の答えを聞いた鏡花も納得し、彼は協会のサポートを受けることを決めた。

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