第50話:エルディアスコング③

 これは竜胆も完全に予想外の投擲だった。

 なぜならエルディアスコングはめちゃくちゃに暴れており、腕の振りも不規則極まりない動きをしていた。

 そこへ投擲し、巨体の中でも唯一傷をつけることができた右手小指の先に、寸分違わず命中させたのだ。


「……恭介?」

「これくらいはね」


 驚きのまま恭介の名前を呼んだ竜胆だったが、当の本人は当然だと言わんばかりの答えを返してきた。

 おそらく、豊富な知識をため込んでいるだけの竜胆にはできない芸当だろう。他のプレイヤーであっても、投擲や命中特化のスキルなどがなければそう簡単に命中させることはできないだろう。

 恭介の戦闘経験があったからこその成せる業だった。


『……ブルフオアアアアッ!』


 しかし、毒牙の短剣が小指の傷口に突き刺さったとはいえ、それだけで倒せるほどエルディアスコングは甘い相手ではない。

 強烈な痛みが傷口から全身に走っているだろうが、それでも致命傷とはならず、むしろ竜胆と恭介を絶対に殺してやるという強烈な殺気を放つまでになっていた。


「ヘイトが恭介にも多少は向くはずだ、気をつけろよ!」

「もちろんだ! 竜胆君も気をつけてくれよ!」

『ブルフオアアアアッ!』


 エルディアスコングが狙ったのは、近くにいた竜胆だった。

 竜胆としては作戦通りに事が進んでおり、どうにかして自分か、もしくは恭介が持つもう一本の毒牙の短剣を突き刺したいと考える。

 右手小指への攻撃は難しいだろう。エルディアスコングも警戒しているはずだ。

 ならば眼球への攻撃か、新たな傷口を作り出す必要がある。


(小指を切り飛ばした要領で、カウンターに近い形に持っていければいけるか?)


 しかし、エルディアスコングが取った攻撃方法は、体毛を前面に押し出すことになる拳での攻撃だった。

 体毛が薄い指先を露わにしたことが仇になったのだと理解しており、ならばと拳を作り体毛で防御をしながら攻撃へ転じてきたのだ。


「もう隙は見せないってか?」


 こうなると竜胆は手が出せなくなる。

 いまだ硬質な体毛を打ち破る術はなく、隙がなければこれ以上傷口を作ることはできないだろう。

 繰り出される拳を回避し、受け流し、なんとか時間を稼ぐものの、これといった打開策は浮かんでこない。


『ウホホホホッ!』


 隙を見せなければ自分の勝ちだと信じているのだろう、エルディアスコングから嬉しそうな鳴き声が漏れ聞こえてきた。


「その笑い方、気に食わないんだよ!」


 それでも竜胆は動きを止めることをしなかった。

 笑い声が発せられる口内めがけて刺突を放ち、避けられれば流れるようにして眼球を狙う。

 少しでも体毛の薄い部分が見えれば疾風剣の軌道を無理やり変えてでも狙っていく。


『ウホホ? ……ブルフオアアアアッ!』


 そんな竜胆の姿勢に嫌気がさしたのか、エルディアスコングの口からは嬉しそうな鳴き声ではなく、怒りの声が聞こえてくるようになってきた。


「はああああっ!」


 そこへ恭介の一撃が襲い掛かる。

 指先が斬り飛ばされ、毒牙の短剣が突き刺さったままの右手である、握りが甘くなっていたのだろう。

 そこにめがけて剣が振り抜かれると、毒牙の短剣の柄頭を捉え、毒牙の短剣をさらに強く傷口に食い込ませてみせた。


『ボビュビバベベボブバガガアアアアァァアアァァッ!?』

「う、嘘だろ!?」


 これには竜胆も驚愕の声をあげるしかなかった。


「これで毒が効いてくれば、動きがもっと緩慢になるはずだ! 竜胆君はそれに備えて――」

「恭介!」

『ブルフオアアアアッ!!』


 ――ドゴンッ!


「がはっ!?」


 間違いなく毒牙の短剣は右手小指の傷口に深く食い込んだ。

 だが、直後にはエルディアスコングのターゲットが竜胆ではなく恭介に上書きされてしまった。

 目の前で声を張り上げている恭介を目にすると、痛みを忘れて最速で腕を横に薙いだ。

 即座に反撃してくるとは恭介も思っていなかったのか、エルディアスコングのラリアット気味の一撃を正面から受ける格好になってしまった。

 地面とほぼ水平に吹き飛ばされると、一度、二度と地面にバウンドし、岩に背中から激突してようやく止まった。


「……嘘だろ、恭介!」


 竜胆の呼び掛けにも反応はなく、彼は怒りのままにエルディアスコングを睨みつけた。


「……な、なんで?」


 しかし、ここで竜胆は驚きの声を漏らすことになった。


『…………ボ……ボビュビバベベボブバガガアアアアァァアアァァッ!?』


 激痛に謎の悲鳴をあげるエルディアスコング。

 右手小指に食い込んで毒牙の短剣が効果を現し始めたのかと思ったが、そうではなかった。

 恭介を吹き飛ばした左腕には、いつの間にか二本目の毒牙の短剣が突き刺さっていたのだ。


「……恭介の奴、無茶をしやがって!」


 恭介は身を挺して、エルディアスコングの力を利用する形で無理やりに毒牙の短剣を左腕に突き刺していた。

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