不義密通取締局:NTRスレイヤー

笹 慎

Bureau of Negate Terrible Relationships (B-NTR)

Chapter:-1 前世からの憤怒

 表向き廃業したホテル。パンツ一丁の男が廊下を全力疾走する。それを追いかける捜査官が二人。私と相棒のリーダスだ。


 犯人は目的の部屋に辿り着くと、その部屋に立てこもった。


 怪力自慢の相棒が扉を蹴破る。そして、犯人確保に向けて室内に踏み込んだが、入口付近から動けずに、リーダスも私も踏みとどまった。


 作業机の上には、爆弾。


「……浮気・不倫ネトリに光をッ!」


 そう叫び、起爆スイッチを持った犯人がボタンに手をかける。


 瞬間、私は脊髄反射で、犯人の右手に九ミリ弾を浴びせた。拳銃の弾で犯人の指が飛び散る。


 起爆が阻止された場合に、自動的に爆弾が爆発するデッドマン装置の類には繋がっているかは賭けだったが、どうやら私の勝ちだ。爆発は起きなかった。おかげで、私もリーダスもここで殉職とならずに済む。


 私の射撃の腕前に、リーダスが口笛を吹いて称えてくれた。


 指がなくなり血がとめどなく流れ出る手を押さえた犯人は、苦悶の表情を浮かべ私を睨む。リーダスは腰のベルトに挟んだ手錠を取り出すと、逮捕の準備を始めた。


「貴方には黙秘権がある。貴方の供述は、法廷で不利な証拠として……」


 権利の告知をするリーダスの低い声が頭に響いて、だんだん音が遠くなる。まるで水中にいるかのようだ。ああ、これは悪い癖がでる前兆だ。


 ゆらり。


 身体が揺れた。だが、三半規管が感知したこの傾きは、ただ単に私が自分で一歩踏み出したからに過ぎない。ゆっくりと目をつぶり首を回す。それから目を開けると、照準を合わせた。


 私から視線を外して、今はリーダスを睨みつけている犯人は私に気がついていない。リーダスも私の動きに気がついていない。


 ドンッドンッ。重い破裂音と共に、私が放った銃弾は犯人の胸に命中する。


「一生、光の当たらない地獄で沈んでろ。このクソ野郎が」


 犯人を殺してしまった私を見て、リーダスは「やれやれ」と首を振った。



 私は、デイジー・マッコール。不義密通取締局の特別捜査官、またの名を不倫や浮気をする者たちを駆逐する者……NTRネトリスレイヤーである。



◆◆◆



 情事それを見てしまった時の私の率直な感想は、「まいったな」だった。


 なぜなら、その日は海外出張の帰りの便を早めて帰ってこれた日で、上司から「報告は明日でいい」と成田空港から自宅への直帰を許されたのだけれど、拳銃の携帯許可の期限も明日まであり、返却も明日する予定だったからだ。


 ……。


 わかりづらく、煙にまく、もったいぶった話し方をするのは、職業病かもしれない。


 まぁ、早い話が、私は警察庁警備局所属の警察官で……こんな紹介の仕方をしても、さらに普通の人はピンとこないか……。さすがに、いつものようには頭が回らない。


 あれだ。俗称でいうならば、私はだ。専門は、国際テロリスト対策。そういえば「外事警察」なんてタイトルのドラマもあったな。また、話が逸れた。とりあえず、仕事で海外にいくことが、ままある仕事だ。


 それで、今回の海外出張は「少々」治安の悪い地域だったので、護身用に拳銃を持つ許可がでていたのだ。



 だから、今日、私は日本国内で、たまたましていた。



 夫婦の寝室で、ベッドの上に折り重なって、頭を撃ち抜かれた裸の死体が二つ。


 彼が浮気をしていることは元々、知っていた。しかも、近所の主婦と。


 私の夫は、非常に家庭的な男だった。新卒で務めた会社で「適応障害」となった彼は、私との結婚を機に専業主となった。


 別にそのことに不満はない。彼は、忙しい仕事をして家を明けがちな私が、いつ帰っても快適な我が家を提供してくれたし。


 炊事洗濯掃除すべて私好みで完璧。別に特段、美男子というわけではないが、趣味を聞いたら「料理だよ」と笑う、人の好さそうな優しい顔が好きだった。


 食事のあとに淹れてくれるコーヒーも美味しかった。職場で眠気を飛ばすためだけに飲むアレと同じものとは思えないほどに美味しかった。


 思い返せば、彼は私の好みになんでも合わせてくれていたのだと思う。それに、子供を欲しがっていた彼の望みを伸ばし伸ばしにしていたのは私だ。仕事の疲労で夜の営みを断りがちだったのも私だ。


 ……。


 だから、今回の仕事が終われば、内勤……デスクワークに転属の予定だったのだけれどね。引っ越ししてしまえば、浮気相手とも自然と縁が切れるだろうとも安易に考えていた。



 



 そんな六文字の言葉が頭をグルグルと回る。


「まいったな」


 背を寝室の扉にもたれさせて立っていたが、ズルズルと下に背中をすべらせて、私は床にしゃがみ込んだ。右手には拳銃を握ったまま。


 浮気をしてるのは知っていたのに、こうやって現場を見せられた途端に全く平常心ではいられなかった。結局、元同僚がやってる探偵事務所からの報告書を読んだだけでは、どこか他人事だと感じていたのかもしれない。


 人を欺くのも、裏切りも裏切られるのも仕事柄慣れているつもりだった。


 今日、家の玄関を開けるまでは、自分の武器は「冷静さ」だと思っていたが、とんだ勘違いだ。


 夫婦のベッドで自分ではない女に腰を振る夫の後頭部に向かって、後先考えずに引き金を引いてしまったし、その後も間髪入れずに浮気相手にも銃弾を浴びせていたのだから。


 逃れようのない生理的嫌悪。ただただ気持ちが悪い。なんで、こいつらは息をしているんだ。この臭い息を吐く不潔な生物いきものを倒さなければ、私が死んでしまう。正当防衛だ。


 そう思ったら、今まで培った倫理観など紙切れのごとく吹っ飛んでしまった。




 さて、目の前の死体にもう一度、目をやる。始末書に、懲戒処分、それから裁判。マスコミの報道。自分の身に降りかかることだけでなく、これから上司と同僚にかける負担まで考えてみたら、すべてが面倒臭くなった。



 いっその方がいいんじゃないか?



 私は銃身を口に咥えると、目をつぶって引き金を引いた。

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