第7話

 四年間、僕自身も組織の仕事をしながら彼女のいる家に帰る。

 本当に、同期の言葉は間違ってなかった。良いも悪いも全部わかって受け入れてくれる女の子はやばい。……彼女は本当に変わらないでいてくれる。少女の心は段々と洗練されて、向けられる気持ちや思いは間違いなく優しくて包容力のあるものだ。……というよりも、周囲の人からかよちゃんが僕の妻とか女房役とかそーいうふうに見てる気がするのだが……気の所為ではないだろう。


 段々と女性らしくなっていく彼女は、間違いなく町の中でも品がある。……変わらないままの僕は、流石に怪しまれる。丁度いい機会で四年間の条件を満たして、彼女との約束を果たすとき。


 けど、かよちゃん。僕のどこがいいんだろう。


 容姿は整っている方でも組織の中には見目麗しい人も多い。相方の八一や話しかけてきた同期のように気が回るわけじゃない。でも、かよちゃんは僕を選ぼうとしている。

 ……ああ、そうだよな。僕も逃げるわけにはいかない。彼女の気持ちからも、そむけてきた自身の思いからも。自分の過去にも。

 長屋の後片付けをして、長屋には必要のないものをおいておく。周辺の人にも別れの挨拶をして、惜しまれながらもかよちゃんと一緒に去る。

 女手形も用意したし関所も難なく通れるだろう。旅人をして、路銀も持った。気持ちも問題はない。あとは、目的の場所に行くのだけど……。

 街道を歩きながら僕は聞く。


「かよちゃん。これから僕が連れて行く場所は危ないところだ。……それでも行くかい?」

「にいさんを知れるならついてく」


 頑なに僕についていくと表情を訴える。ああ、本当に強いな。僕は「わかった」と言って二人で関所に向かっていく。




 山を越え東山道に沿うことなく、僕たちは美濃から飛禅へ向かう。

 飛禅は冬に入ると本当に寒くなる。けど、僕は夏の時期に狙ったから少しはマシだろう。

 山道を歩きながら僕は空気を吸う。……飛禅……白川の地に入って懐かしさばかりこみ上げる。


 僕たちはある村に辿りつく。村に辿りついたら村長に挨拶をした。その村の村長と僕は知り合いということもあり、村長の家に泊まらせていただくことになった。泊まる駄賃の代わりに色々と村のものを買ったり、江戸とかの情報を仕入れる。

 村長と僕が知り合いなのは、僕が命日になると墓参りをしに来るのを見ているからだ。村長さんもあの災害について親から話を聞いて知っていたらしい。流石に、あの地に行くのは大変だから休んでからいきなさいと言われて、命日のときは村長さんの家で泊まってから墓参りをしている。

 かよちゃんを連れていることに不思議そうではあったけど、村長さんたちは快く僕たちを泊まらせてくれる。感謝をしたあと、簡単な荷物を用意してかよちゃんと一緒に村を出てある場所に向かっていく。

 山道や獣道。大きな岩がある道をゆき、かよちゃんに手を差し伸べながら彼女をある場所へと導いた。

 ……年数がかなりたてば、風景も変わるよな。かつて城や町があった場所は、跡形もない。家族と一緒に遊んだ思い出のある川。山崩れをしていたあとも見え、かつての苦しい記憶が呼び起こされる。


「ここ」

「……ここって?」

「僕の故郷。帰雲山の近くに、僕が幼い頃に住んでいた城と町があった。この下に僕の家族……一族たちが埋まっている」


 僕の言葉にかよちゃんは言葉を失っていた。僕は適当な砂場を見つけて、線香が入った筒を出す。術で火を灯して線香につけた。線香に火がついて、少し煙がたつと燃え移らないように砂場において合掌をする。かよちゃんも手を合わせて合掌して、お祈りをする。


 ……みんな。おじ様、母様。ただいま。


 心のなかで告げて合掌をやめて、僕は周囲の風景を見た。もう八十年以上は経っているから変わるといえば変わる。かよちゃんが合掌をやめると、僕は息をついて地面を見続けた。


「……地震の山崩れで、僕の親族、一族は滅亡している。生き残りは僅かにいたけれど、その人たちはもういない。皆が亡くなってから八十年経ってるし、僕は半分人じゃないからあの人たちを知っているのは僕だけだ」


 地面に腰をつく。僕の家族は自然という名の理不尽でなくなった。けど、どうしようもないからこそやるせない。地面の上をなでながら、僕は息をつく。


「僕は運良く生き残って、のうのうと生きている。優しくしてくれた一族や町の皆は土の中。……僕は優しくてくれたおじ様たちに何も返せてないんだよ。本当は、生きている間に恩返し、したかった」


 天を仰いで、口から思いを吐き出す。

 ああ、本当。


「なんで、生き残っちゃったんだろうな」


 僕はあの日、皆と死にたかった。一族の血を僅かにしか引かない僕をみんなは受け入れてくれた。おじ様たちは苦労しながらも僕を家族同然に見てくれたのに。

 線香の香りが風に乗って山の奥に消えていく。大地を見つめた。

 ……おじ様。母様、みんな。僕は生きていてよかったのですか。

 あの世の組織の一員のはずなのに、皆が幽霊になっている姿を見ていない。ここで皆が見えないのは、皆があの世にいるという証拠なのだろうか。それとも、僕が受け入れたくないのか。


「僕は、みんなと一緒に死にたかった。でも、生き残っちゃった。

運良く生き残った僕が、生きていていいのか。わからない。

僕は、家族を失うのが怖い。大切な人が作るのが怖い。幸せになっていいのか、わからない。

……これが僕が踏ん切りがつかない訳。僕が臆病になる理由。……幻滅したよね」


 他者から見ればヘタレとか意気地なしっていわれるかもしれない。でも、僕にとってこれが前に進めない理由。

 故郷だから、家族のいる場所だから。情けなくなってしまう。

 ……僕の背後に温もりが現れる。驚いて首を後ろに向けると、かよちゃんが背中に顔を押し付けていた。


「……かよちゃん?」

「……幻滅してないよ。あのね、私は三代治のにいさんがね。好き。三代治のにいさんは大切な人をちゃんと思いやれる人だから私は好きなんだ」


 声を震わせて、彼女は僕に話す。


「だから、死にたいなんて言わないで。

生きていていい。三代治のにいさんは生きていいんだ」


 かよちゃんは泣きながらいう。彼女は震えて、顔を上げて涙を流して僕にいう。


「幸せに、なって、生きていいんだよ。三代治のにいさんの家族だってそう思ってる」


 ……泣かせて、しまった。わかっていたことだろう。わかっていたことでも、罪悪感は湧く。彼女と向き合って、僕は優しくて微笑む。

 

「ありがとう。その言葉で十分」

「三代治のにいさんが生きる為に、私がにいさんの家族になる。にいさんが怖くないように私がその怖さを追い払うし、包んであげる」


 言葉を遮って、かよちゃんが僕をまっすぐと見て宣言する。

 涙で濡れた瞳はきらきらとしていて、僕を見つめる瞳は、厳かなユリのような美しくもある。両手を握られて、かよちゃんは百合のように愛らしく笑った。


「三代治のにいさん──いや、三代治さん。この先、生きるために私の夫になって」


 直に心へとぶつけられる言葉。僕は瞠目して彼女の双眸を見続けるしかない。かよちゃんの目に宿る意志と言葉に、僕は囚われてしまった。

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