第38話 喧嘩の売り方にも種類がある


 聞き慣れた丁寧な口調でも穏やかに再会を喜んでくれるエルヴァに、私は矢継ぎ早に話しかける。


「えっどうして、エルヴァがここに? 王太子殿下のところにいるんじゃないの」

「その王太子殿下の名代で本来ルベル様が受け取るはずだった嫁入り支度の品をお届けにまいりました」

「あーあれ! ほんとにくれるんだ!? エミリアンがよく文句を言わなかったね?」


 絶対横やり入れてくると思ってたんだけど。

 私が目を丸くすると、エルヴァは曖昧な笑みになる。


「ええ、殿下はただいま取り込み中ですから」


 すごくどす黒い笑みになってるな。私に対する理不尽な扱いに怒っていたときの顔と一緒だ。これはエミリアンになんかあったな? まあもう関係ないから良いんだけども、なるべく周囲の被害が少ないといいなあ。

 一瞬だけ思いをはせていると、エルヴァが聞いてくる。


「ルベル様、外出中と伺っておりましたが、どのようなご用件だったかおたずねしてもよろしいでしょうか」

「あ、せっかくエルヴァが来てくれたのに、城を空けててごめんね? 実は昨日から魔獣の討伐で村に遠征していたの。精霊達が喜んでいたからそのまま泊まっちゃっていて」

「ほう……?」


 なぜかエルヴァの声が一段低くなった上に、扉のほうを睨む。

 私も振り返ると、入り口でディルクさんが立ち尽くしていた。私を追いかけて来たらしい。


「ルベル殿、知り合いだったか」

「はい! そうなんです。紹介しますね。私の元副官の騎士エルヴァです! 私の魔獣討伐時の遠征に同行する聖女騎士団に所属していたんですよ。どんな討伐にも同行してくれてとてもお世話になりました」

「……改めて騎士エルヴァ・メナールと申します。このたび騎士爵を拝命しました」


 エルヴァはなぜか少し間を置いた気がしたけれど、優雅に右拳を胸に当てて、頭を下げる。

 いつ見てもお手本にしたいくらい綺麗な騎士の礼だ。

 私は惚れぼれしながらも、お祝い事を知って喜んだ。


「おめでとう! つまりメナール卿になるの?」

「はい、ですが以前通りエルヴァでかまいません」


 エルヴァ優しく教えてくれる。よかった、やっぱりエルヴァはエルヴァだし。

 私がにこーっとしていると、ディルクさんが驚いていた。


「たしかメナールは多くの優秀な騎士を排出する名門伯爵家ではなかったか」

「その通りです。ただ、私はメナール伯爵家の血筋ではありますが、一騎士の身です。後継者候補からも外れております」


 ディルクさんの問いには、エルヴァはすっと表情をお仕事モードで対応する。

 あっという間の切り替えにいつも感動するんだけど、今回ばかりはおや?と思う。

 だけど私へ向いたときにはいつも通りだった。

 エルヴァは私の前に片膝をつき、私の片手を取った。


「私は、今一度あなた様にお仕えするためにまいりました」

「どういうこと?」


 言葉の意味が飲み込めずにいる私に、エルヴァは丁寧に教えてくれる。


「あなた様は、領地経営についてご存じないだろうと、王太子殿下をお考えになられ、護衛兼教育係として私を任命されたのです。私は領主としての教育を受けた経験もございますのでお役に立つでしょう」

「えっ、エルヴァは近衛騎士団の所属じゃなくなるってこと?」


 エルヴァは私が結婚すると同時に、王家直轄の近衛騎士団に配属になったはず。

 たとえ貴族の出でも実力が伴わなければ入れないエリート街道だ。

 せっかくそんな近衛騎士になったばかりなのに、いきなりこんな辺境で私の教育係になるなんて、実質の左遷なのでは?

 王太子殿下はまともだと思っていたのに、約束と違うんじゃないか。


 自然と私の眉間にしわが寄る。そんな私を見たエルヴァの表情がかすかに曇った気がしたけど、すぐにいつも通りに戻った。


「……あくまで、私の任期はルベル様の教育がすむまでです。ですが、本来であれば、嫁入り道具と共に用意されるべきだった配慮です。王太子殿下も、知り合いのほうが気楽に学べるだろうと仰せでした」


 なるほど、だから気にしなくて良いよ、ということか。王太子の采配はちょっと気になるけど、エルヴァとまた会えたのは嬉しくはあるんだよぁ。

 私はエルヴァに取られていた手を両手でぎゅっと握り返した。


「ありがとう、エルヴァ。心強いよ」

「はい。どうぞよろしくお願い致しますね」


 嬉しそうにはにかむエルヴァだったが、すぐに立ち上がるとなぜかディルクに真正面から向き合った。


「ところで、ロストーク辺境伯様、聖女ルベル様を村々へ遠征に向かわせているそうですね。ですが、管理を一任されていてもルベル様はカルブンクスの領主です。お忘れなきよう」

「それは、もちろんだが」


 エルヴァはまるで敵を見るときのような冷ややかさで、ディルクさんをにらむ。

 もちろん、私を背に庇ってだ。

 あれえ!?


「私が来たからにはご安心ください。王太子殿下から『聖女殿がつつがなく健やかに暮らされているか確認してくるように』とも命を受けております。ロストーク伯があなた様の夫として不適格であれば、殿下にそれなりの報告をさせていただくつもりです」


 偉い人に報告。私はそれがどういう意味か知っている。

 この結婚を仕立てたのが王太子殿下なのであれば、撤回できるのもまた彼なのだ。


 「どうぞ、よろしくお願いいたします」


 面を食らっているディルクさんに、エルヴァはお嬢さん方がうっとりとするような笑顔で喧嘩を売ったのだった。


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