第36話 ずっとここに居たいなあ



「うおおおお!!! 領主様と聖女様と精霊様をもてなすぞおおお!!!」

「机と椅子をかき集めろ! リンゴのコンポートは最優先だ!」

「ジュースはウィルマおばあちゃんがぴかいちだったな! 手伝いに若いの回せ!」

「うちの村にはいいもんがいっぱいあるって知って帰ってもらうぞ!!!」

「おう!!!!」


 雄叫びを上げた村人達は、まるで訓練された兵士のように四方に散ってった。


『タノシイ?』

『ワクワク!』


 村人達の熱狂には、精霊達も楽しそうだ。


「あっ、領主様、聖女様はこちらでお待ちください!」


 すかさず用意された椅子に礼を言いつつ私がストンと座ると、へたり込んだままのコンポートの作り手のご婦人が号泣しているのを、周囲が慰めていた。


「せ、精霊様が、あ、あたしのコンポート気に入ってくださったって……!」

「エルリカ、良かったわね。たくさんごちそうして差し上げましょう」

「リンゴの木、いっぱいだめになっちゃって、でも、残ったリンゴはちゃんとおいしかったから、頑張ろうって、でも、悲しくて……」


 どういうことなんだろう、って私が思っていると、ディルクさんがそっと耳打ちをしてくれた。


「この村は、今年の大嵐で畑だけでなく、主要産業であるリンゴの木も大きな被害を受けていたんだ。生育状況もあまり良くないと聞いている」


 ああ、そんな大事なリンゴをごちそうしてくれていたのか。それでもおいしいからと、誇らしげに。

 ボロボロ涙を流すエルリカに、ふわふわと周囲に浮かぶ精霊達が近づいていく。


『リンゴ、ダメ?』

『カナシイ?』

「えっ、あの……」


 話しかけられてどうして良いかわからないのだろう。私の出番だと彼女たちにひょいと割り込んだ。


「エルリカさんでいい? リンゴ農地ってどこ?」

「え、えっとあっち、です、けど」


 あ、あの方向にあった林って全部リンゴの木だったのか!

 確かに折れていたり枯れていたりする木が多かったなあ。

 エルリカが指さしたとたん、精霊達がぴゅんっと飛んでいく。

 私は予想がついたけれど、精霊と初邂逅のエルリカ達はわからないだろう。


 ちょっと手の空いたらしい村人達と一緒にリンゴ農地の方へいくと、そこでは精霊が踊っていた。

 私達にはわからない言葉とも言えない音律を奏でながら、楽しげに弾むように、痛んでしまったリンゴの木の周りを巡っていく。

 すると精霊達が通った枯れかけたリンゴの木は活力を取り戻し、青々とした葉を茂らせ始める。

 元気な木からはさらに白い花が咲き、赤々としたリンゴがなり始めている場所すらある。


 普通ではあり得ないけれど、美しい、豊かな光景だった。

 才能豊かな魔法使いが、一生かけて研鑽を積んでもここまでのことはできない。

 どれほど理不尽でも、精霊が尊ばれ、恐れ、敬われる奇跡の理由だ。


 その奇跡を目の当たりにしたエルリカは、その場にへたり込む。

 止まらない涙のまま、涙声で言った。


「見捨てられてなかった……! あたし達、精霊様に、見捨てられてなかったんだ……!!」


 ついてきていた村人達も抱き合ったり肩を叩いたり、急いで村に残った人達に知らせに走るひともいた。

 泣いているエルリカに、ふわふわ精霊が近づく。


『リンゴ』

『アマイヤツ』

『デキル?』


 うん、私はわかってるよ。君たちはコンポートを思う存分食べたいがために、村が一つ養えるリンゴ畑を復活させたんだよなあ。

エルリカは、ぐいと、涙を拭うと破顔する。


「はい、お任せください! たくさん作ります! 聖女様も、ぜひ召し上がっていってください!」


 くるっと振り返って私にまで言ってくれた彼女に、私はびっくりして、ちょっとだけ笑った。


「うん!」




 宴は賑やかに過ぎていった。

 リンゴ農地が復活したと知ると、村全体が飲めや歌えの大騒ぎになった。

 賑やかなのも大好きな精霊達は始終はしゃいでいたし、リンゴのコンポートにジュースに料理などなどたくさんおいしいものを味わって満足したものだ。

 時が経つにつれて精霊達が楽しいことが大好きだとわかり始めると、子供は精霊達と追いかけっこをして遊び始めた。

 村人達はいつの間にか楽器を持ちだして奏で出すと、広場で燃やされたたき火の周りで踊りが始まる。

 どんちゃん騒ぎ、という言葉がこれほど似合う光景もないだろう。


「収穫祭の準備が大いに役に立ったな!」

 

 そう言ったのは誰だったか。

 たぶんきっと、ここに領主様がいるなんてのも忘れている気がする。

 私もおいしいものをたくさん食べられて、良かったなあと思っていたのだが、ちょっとだけ困ったのは、精霊にだけでなく私にまでお礼を言われてしまうことだ。

 私は単純に、精霊達を連れてお詫びに来ただけだったから。


「どうしよ。私までこんなに感謝されるつもりじゃなかったのに」

「どうしてだ? 君が精霊をつれて来なければこの光景はあり得なかった。俺こそ君に礼を言いたい」


 隣にいたディルクさんにまで言われて、私はぎょっとする。

 配られたお酒を結構呑んだらしく、炎に照らされいる以上に顔がほんのり赤い。

 いつもよりも表情が柔らかいせいか、魔王感も薄めだ。

 そのおかげで、村人引け腰ながらもディルクさんにごちそうやお酒をすすめていた。

 彼も大いに楽しんでいたのだろう、良かった。

 そんなディルクさんが紫の目を細めて、たき火の周りで踊る村人と精霊達を見る。


「俺はずっとこの光景が見たかったんだ。祭の中に精霊達が混ざり、村人達と共に過ごすこの光景を」


 確かに、精霊のいる場所では、賑やかさに惹かれて精霊達が祭に紛れる光景は珍しくない。むしろ来年の収穫のために、精霊達を呼び寄せる方法として祭をするものなのだ。

 今までロストークになかった交流が今ここにある。


「ありがとう、ルベル殿」


 微笑むディルクさんに私は、とくんと心臓の波打つのを感じた。

 嬉しいけれど、なんだか照れくさくてそわそわとしてしまう。


「へへへ、うまく行って良かったです」


 その時、たたたっと子供達が精霊達と一緒に駆け寄ってきた。


「せいじょ様! 踊りませんか!」

『オドル!』

『クルクル!』


 精霊はよっぽど踊るのが気に入ったらしい。

 村人も私のことを遠巻きにしない。

 今まで参加した宴で、これが一番楽しい。

 この楽しいをくれたのは、ディルクさんだ。

 私はすっくと立ち上がると、ディルクさんの手を引っ張った。


「ディルクさん、行きましょうっ! 一緒に!」

「……っああ」


 最初こそ驚いたみたいだけど、ディルクさんは私と一緒に踊りの輪に入ってくれた。

 炎を囲んでディルクさんと手をつないで踊りながら。

 私はできれば、ロストークにずっといたいなと、そう思った。

 


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