ベロニカside1
「まったく、所轄は何をやってるんだ? 自分たちの街を護る気もないのか。嘆かわしい連中だ」
「まあ、そうプリプリすると小じわが増えますよ。シスターベロニカ」
「や、やかましい! オフの時にはちゃんとスパでフォローしているのだ、問題ない!」
検問を抜けた車がいると聞いて、私は腹を立てた。そこにお肌の心配まで上積みされて、私の右眉は若干ぴくぴくしている。
今夜の現場である、金属加工工場の電源室に陣取った私と、その補佐についているシスターマーガレットの二人は、異界獣をおびき寄せるタイミングを待っていた。近くに異界獣が来たときに電源を入れてやれば、高い電圧におびき寄せられるだろう、という算段だ。作戦立案者は私だが、正直自信がなかった。かの異界獣の好物が電気であるという根拠が、変電所を襲ったことや、VR車を喰らったことくらいしかないのだ。
教団にとって、そして自分にとっても、民間の工場を囮に使うのは不本意ではあるが、異界獣の拡散を放置するわけにはいかない。異界獣による被害には、非公式ながら国家による保障も存在している。利用される民間人を気の毒に思っている。その気持ちに偽りはない。だが、出来ることなら愛息子に傷を付けたくはない。それもまた偽らざる本心だ。
「あの……じつは私、実戦は初めてで。大丈夫でしょうか」
センサー類のケーブルを束ねていたマーガレットが、急に不安そうな顔で訊いた。
「ん、そうなのか? 冗談を言う余裕があるのだから、そうは思わなかったぞ」
「緊張すると余計なこと言っちゃうんです。昔から」
アハハ、と困り顔で笑いながら言う。
私達のサポート役を仰せつかったシスターマーガレットは、近隣の街の出身だ。異界獣により両親を失い、教会で育った。成長して教団の養成所を卒業し、昨年この街の教会にシスターとして赴任したばかりだ。
「案ずるな。今この街にいるハンターを誰だと思っている? 我が教団の最終兵器だぞ」
「そ、そうですよね。勝利さんなら……」
「もちろんだ。ちょっと外の空気を吸ってくる。ここは任せた」
「了解です!」
私はポンとマーガレットの肩を叩くと、飲みかけのペットボトルを取って電源室を出た。何か胸騒ぎがする……。
電源室の前でミネラルウォーターのペットボトルを一気に空にすると、ふいに工場のゲート付近でタイヤの激しいスキール音が鳴った。次の瞬間、私はボトルを放り投げ、ゲートに向かって全力で駆けだした。
「ゲート前、何事だ、報告しろ!」
インカムに向かって叫ぶ。
『こちらゲート前、今トラッ、きゃああああ』
待機中のシスターの絶叫、そして大きな衝突音が聞こえた。
例のトラックにでも突っ込まれたのか。
(くッ、派手なお出ましだなッ)
私は走りながらインカムに呼びかける。
「勝利、すぐ戻ってこい。予定が狂った」
『こちら勝利、了解。さっきの悲鳴は?』
「これから確認する、以上」
いやな予感を覚えつつ、私は走った。
まもなくゲート前に到着すると、白煙を上げ、運転席をパトカーの半ばまで突っ込んだ貨物トラックが彼女を出迎えた。
「シスターベロニカ! た、た、たすけて」
私めがけて飛び込んできたのは、見張り担当のシスターチェリーだ。
すっかり怯えきっていて使い物になりそうにない。
私は、チッ、と舌打ちをすると、
「貴様は電源室に向かえ! ドアの前でマーガレットを援護しろ」
とだけチェリーに告げて、自分は白煙を上げているトラックに警戒しつつ近寄った。警官たちは皆、道路封鎖で出払っており、こちらの被害はパトカー一台のみ。だが、車体前部が酷くひしゃげた、このトラックの運転手は無事では済まないだろう。悪いが構っている暇はない。
「この煙は……?」
トラックを見ると、荷室側面に冷凍車と書いてある。煙はエンジンからではなく、荷室前部の冷却ユニットから出ていた。
(まさか……この電源に釣られたのか?)
車一台を大きな冷凍庫にしているのだから、使われる電力も大きい。
万一獲物がこのトラックに引き寄せられたのだしたら――
私は、背中に担いでいたアサルトライフルを急いで構えると、トラック後方にぐるりと回り込んだ。さらにゆっくり回り込むと、車の向こう側に張り付いていた何かが、一瞬で姿を消した。
(これか――)
私はおもむろに車体の下に爆薬を放り込み、全力でゲートの内側に飛び込んだ。
次の瞬間、トラックはパトカーもろとも爆発した。
(どうだ?)
ゲートの柱の陰から体を起こすと、青く炎上する二台の車が視界に入る。
炎の色が異質なのは、異界獣専用に造られた手榴弾を使用したためだ。
炎で明るく照らされた周囲には、道路に張り付くように燃える積み荷の残骸や、吹き飛ばされたガラスの破片、冷凍車のちぎれた壁が散乱していた。
「この程度で
私は、敵の死体がないか、注意深く炎の中に目を凝らした。
ガス火とも異なる、若干緑がかった青い炎が、車の残骸を涼やかに包んでいる。
ガソリンにも引火しているはずなのに、何故か青い炎の方が勝っているようだ。
我々の使う赤い炎では、異界獣を焼き尽くすことは出来ない。
彼等の表皮はこちらの世界の武器では傷をつけるのは難しく、掃討には特殊な技術や秘術が用いられる。それらを独占しているのが超法規的集団の『教団』であり、故に異界獣の駆除も一手に引き受けているのだ。
パチパチと爆ぜる音の他に、聞こえるものはない。
死骸は落ちていないか。どこかに吹き飛んでしまったのか。
破片は落ちていないか。
それともまだ生きているのか。
五感で得られる情報から、あらゆる可能性を思考する。
(どこだ)
視線を向こう側に滑らせると、反対車線のガードレールがひしゃげて、植え込みの低木を押しつぶしている。
ぐにゃりと曲がった鉄パイプ状のガードレールには、トラックの銀色の外装板と共に、ぼろのような何かが引っかかっている。
「む……」
私は、アサルトライフルの銃口を向けながら、ゆっくりと近づいた。
軍靴に踏みつけられて、細かく砕け散ったガラス片が微かに鳴いている。
「なんだ、人間か」
ぼろのようなソレは、運転手のなれの果てだった。
胴のあたりで千切れていたが、衣服がくっついていることで、かろうじて人間だと判別出来た。死体を確認していると、道路封鎖中の警察官が数人、血相を変えて工場まで戻ってきた。
「シスター、爆発があったようですが、大丈夫ですか?」
「馬鹿者ッ、戻って来るな!!」
一体彼等は上司から何を聞いていたのか。
若い警官だから知らぬのもムリはないのかもしれない。だが――
「戻れ! 今すぐ!」
私は警官たちの足下に銃弾をバラ撒いた。己に向けて発砲されたことがないからだろう、悲鳴を上げて走り去っていく者や、その場で恐怖に震え上がる者もいた。中年の警官が、腰を抜かした警官のベルトを引っ掴み、裏返った声で、
「ひッ! わ、わかりました!」と叫び、現場から慌てて走り去っていった。
彼等を見送ると、私はぽつりと呟いた。
「一人、喰われたか」
道路脇で黒い生き物が、頭から警官をむさぼり喰らっていた。リズミカルに骨をかみ砕く鈍い音が、夜の湿気を伴って耳の奥に次々と投げ込まれてくる。警官たちは恐怖に我を忘れ、仲間が減っていることにも気付かなかったようだ。
「これだから警察官は……」
吐き捨てるように言うと、私は銃に特殊弾を装填した。
その食事中の黒い生物は、上半身がカエル、下半身がサルのような姿をしていて、二本足で直立していた。大きな口の中に、人間を丸ごと突っ込んでボリボリと咀嚼している。腹のあたりから音が聞こえるから、本来の歯や顎は口の奥にあると思われる。彼の悲鳴も聞こえなかったのは、一瞬で頭部を喰われてしまったからだろう。
「マズい……これで仕留めなければ――――」
次に喰われるのは自分だ。
十数年前、左手、左足を生きながらにして喰われた恐怖がよみがえる。その結果、私は義手と義足を着けることになってしまった。もう、かつてのように異界獣と対峙することは出来ない。
造りモノの手足では、現役だった頃の機敏な動きが出来ないのだ。それはすなわち、ハンターとしての死を意味している。その私に教団での二度目の生を与えたのが、他ならぬ勝利の存在だった。
私が銃に装填したものは、主に大物に使う対異界獣用グレネード弾だ。弾頭の特殊金属が異界獣の外皮を裂き、内部で爆散して対象を破壊する。
対異界獣戦において、通常兵器が効かないのは外皮だけ、そしてそれを破壊出来る武器は、同じ異界獣の素材を使った武器と、教団で精製される希少物質でコーティングされた武器だけなのだ。
幸いまだ化け物は、今宵のディナーを楽しんでいる。
警官の腰のあたりまでカエル口の中に収まったころ、私は銃の狙いを定めた。
『サンキュー、お前はよくやった』
そう心の中で警官に声をかけると、引き金を引いた。
鈍い発射音と共に打ち出された弾は、食いかけの警官の足とともに、化け物と焦げたパトカーを吹き飛ばした。
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