第24話 花火大会の後
家に帰って栞が私服に着替えた後、一緒に家を出た。もちろん栞を家まで送り届けるためだ。母さんからも言われたけど、そうじゃなくても送っていくつもりだった。滅多なことは起きないと思うけど、それでも夜遅くに女の子一人というのは不用心だから。
そういうわけで、静かな夜道を栞と並んで歩いている。線路に沿って、道なりに真っ直ぐ。
「涼、今日はありがとね」
「お礼を言われるようなことはしてないよ」
「そんなことないよ。勝手にどっかに行った私を見つけてくれたし、それに話も聞いてくれたでしょ?」
「そりゃそれくらいはするでしょ? 栞は大事な友達だし」
ついつい友達というのを強調してしまう。もちろんそれも事実なんだけど、俺にとって栞は友達以上の存在だ。好きだから、尚更助けたいって思ってる。
「そうかもしれないけど、でもありがと。全部吐き出せてスッキリしたから。私ね、涼のこともちょっとだけ怖かったの」
「いつか裏切られるんじゃないかって?」
「そう。それでね、私バカなこと考えてたんだぁ。……そっか、これも涼に謝らなきゃ」
「と言うと……?」
「今日で涼の前から消えようって、そう思ってたの」
「えっ?」
俺が栞に告白しようと頭を悩ませている間、栞は全く逆のことを考えていたらしい。あんなにべったり引っ付いてきてたというのに。
「涼のことを信じたいのに、どこかで信じきれなくて……。そんなの涼に申し訳なくてね」
「でもさっきは来年もって言ってたじゃない」
「それは……、涼のおかげだよ。涼が変えてくれたから、消えるのはやめたの。さっきも言ったけど私を見つけてくれて話を聞いてもらって。それで涼が怖いって気持ち、全部どっか行っちゃった」
ということは、今日が何事もなく終わってたら、明日から俺はまた一人だったってことだ。つまりあの子に遭遇したおかげで……。なんか釈然としないけど、運命というのはどう転ぶかわからないものだ。
「なんかちょっと複雑かも……」
「え? なんで? まだ私が怖がってた方が良かった?」
「違う違う。そっちはいいことなんだけど、そうじゃなくて、あの子に助けられたってことになるじゃん?」
あそこで出逢ったおかげで、結果的に栞の気持ちに変化があったんだろうし、そもそも俺が栞の話を聞くこともなかったかもしれない。
「あっ……」
「栞を苦しめてた元凶に、今度は俺が助けられたと思ったら、なんか複雑だなって」
「それは確かに……。ねぇ、美紀にお礼言ったほうがいいかな?」
「いや、それは言わなくていいんじゃないかな……」
「……そうだよね、そうする」
まずは栞とあの子の間の問題をしっかり片付けてもらいたい。俺とのことはどうでもいいとは言わないけど、全部済んだその後でいいんだから。
「そうそう、そっちのことも決めないと。言いたい事整理するって言ってたけど、いつくらいにしようか?」
こういうのは気が変わらないうちにさっさと決めてしまった方がいい。覚悟を決める時間も必要になるだろうし。
「うーん、そうだね……。三日後、くらいかな」
「わかった。俺から連絡するってことで良かった?」
「うん。面倒事押し付けて悪いけど、お願いできるかな?」
「これくらいのことなら全然だよ」
栞のためだと思うと色んなことがなんてことないって思えるから不思議なものだ。
「はぁ〜……。涼には迷惑かけっぱなしだなぁ」
「またそういうこと言う」
「だって……」
「だってじゃないの。俺の方こそ栞には色々してもらってるんだから」
「例えば?」
「まず勉強教えてくれただろ?」
「それは最初、涼に近付くための口実だったんだけど……」
「理由なんてどうでもいいんだよ。俺も栞には感謝してる、それでいいじゃん」
そのおかげで試験の成績が大きく上がったんだから。珍しく母さんにも褒められたりもしたし。
「もう……、涼はいつもそうだよね。そういうこと言うから──」
栞はそこで言葉を切った。何か良くないことでも言ってしまったか少しだけ不安になる。
「言うから……?」
「す……」
「す?」
「……なんでもないっ!」
俺の言葉の何かが気に入らなかったのか、栞はむくれて俺にジトッとした目を向けてくる。それなのにまた手を繋いでくるんだからよくわからない。
なんか今日は出かけてからずっと手を繋いでる気がする。普通男女の友達でこんなことしないと思うけど。まぁ、それを考えるのも全部終わった後だ。これで栞が落ち着くならいくらでも、というか俺の方も嬉しいから、今はそれだけでいい。
踏切を渡って少しだけ行ったところ、一軒の家の前で栞が足を止めた。
「着いたよ。ここが私の家」
「ここが……」
と言ってみたけど、見た目は普通の一軒家。俺の家とそう大差はない。ただ、栞はここで暮らしてるんだなって思っただけだ。
「ちょっとだけ待っててね」
栞がインターホンのボタンを押してしばらく待つと、中から足音が聞こえてきて玄関のドアが開いた。顔を出したのは栞のお母さんだ。
「お母さん、ただいま」
「おかえりなさい、栞。それと、あなたが涼君ね?」
「あ、えっと、高原涼です。あの、栞さんとは友達で……」
まさかいきなりお母さんと対面することになるとは思っていなかった。緊張で口がカラカラになっていく気がする。
「そんなに硬くならなくてもいいのよ。話は聞いてるから。はじめまして、栞の母の
文乃さんは穏やかで優しそうな、栞とそっくりな目をしている。おまけに母さんと同年代とは思えないくらい綺麗な人だ。栞が大人になったらきっとこんな感じになるんだろう。
「いえ、こちらこそ。栞さんにはお世話になって……」
「涼、ガチガチだよ? 大丈夫?」
栞が横から俺の顔を覗き込んできた。
「大丈夫、じゃないけど……。栞だって初めて俺の家に来た時はこんなだったじゃん」
「そうだっけ?」
「ついこないだなのにもう忘れたの?!」
「水希さんが固まって、挨拶2回もさせられてアワアワしたことなんて忘れちゃったなぁー」
「しっかり覚えてるし……」
「ふふっ、二人とも仲が良さそうで安心したわ。手まで繋いじゃってるしねぇ。涼君、本当ならあがって、って言いたいところなんだけど今日はもう遅いから、また今度うちにも遊びにいらっしゃいね?」
「あ、はい」
そういえばまだ手を繋いだままだった。文乃さんに指摘されるやいなや、栞の方からパッと離されてしまったけど。
栞のせいでいきなりいつも通りの姿をさらしてしまった……。いや、手を繋いでるところを見られたからいつも以上か?
もしかして俺が緊張してたから気を遣ってくれたのかな?
なんにせよ文乃さんとの初対面はそんなに悪くないものになった。
「それじゃ涼、また明日ね。おやすみ」
「うん、おやすみ」
バイバイと手を振って栞は玄関の中へ消えていった。
『また明日ね』そう言ってくれたのが、とても特別なことのように感じた。知らないところで失いかけてたって知ってしまったから。そばにいるのが当たり前のようになってきたけど、実は当たり前じゃなくて……。
だから、俺は俺のできることをする。
一人で家に帰る途中、俺はスマホを取り出し、電話をかけた。
◆黒羽栞◆
私は自室のベッドに横になってジタバタしていた。まだ少しドキドキしてる。
──『もう……、涼はいつもそうだよね。そういうこと言うから──』
危なかった。もうちょっとで口にしてしまうところだった。でも言えなくて少し残念な気持ちもあったりして。
あの後に続く言葉。ギリギリで飲み込んだ。
『好きになっちゃうんじゃない』
って。
涼に対する迷いはすっかり解消されたから、もう言ってしまっても構わないんだろうけど。でも今日の流れでっていうのは違うと思うし、ここまできたなら全部片付いてからにしたい。
そもそも伝える勇気が出るかという問題も……。
やっぱりちょっと恥ずかしいし……。
会うたび、話をするたびに心を軽くしてくれる涼は、ますます私の中で存在を大きなものにしていく。
好きだって気持ちもそうだ。どこまでも膨れ上がっていく。今日なんてずっと手を繋いじゃってたし……。
涼の手。バカなことを考えていた私を繋ぎ止めてくれた手。まだ私の手にぬくもりが残っているような気がする。
「会いたいなぁ……」
さっき『また明日ね』って別れたばかりだというのに、これは重症だって自分でも思う。
明日は朝から会いに行っちゃおうかな……。
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