第16話 彼氏と栗拾い
「栗拾いに行こう」
何を言い出すかと思ったら、宣言に近い声で言った。街のスタバの中で。
「いきなり何を言い出すのさ」
声を潜める私に意気揚々と話し出すカズオ君。
「だってこういうのはちゃんとやる気を出さないと」
「だからって叫ぶほどではないでしょ」
「叫んでいないよ。じゃ、もう一度。栗ひ」
ろいは言わせなかった。持って来たバッグで横っ面に叩きつけた。
本当はこういう用途で持って来たつもりではない。恥ずかしくて周りを見ることが出来ない。
「そのバッグさ、すごく可愛いね」
もう一度殴った。
「え、何で? 僕、今褒めたよね?」
「知らない知らない。何も知らない」
「ここは推理をしようではないか。むむむ、こういうことは研究ノートに全て書いてある」
カズオくんはどこかで見たことのあるノートを取り出した。
まさか読み上げるのか。それなら殴るだけでは済まないぞ。
「まさかそのノートって」
「気になる? そうこれは」
私の胸に関するノートだったら消し炭では済まないぞ。
『ことはが怒った時の為の対策研究ノート』
鼻を膨らませて私の前に差し出したノート。そういうノートは私に見つかるとまずいのではないだろうか。
「これによるとカバンで叩くと何か余計な事をした時にある現象だ。分からないことはちゃんとごめんねと言ってから聞こう。ごめんね。何か余計なことを言っ」
たよねは言わせなかった。周りからひそひそと可哀想という声が聞こえた。
「いたた、カバンは結構痛いんだよ。それでいつ行く? 栗拾い」
十一月末か、ギリギリだな。もう終わりかもしれない。
「調べている暇は無いよ。栗拾いは無理だよ」
「ノンノンノン、おじさんが栗農園やっているの」
「それは母方よね?」
「父さんには兄弟はいないからね」
良かった。まさか栗拾いで苦労する羽目にはなりそうにない。
土曜にしては人の少ない電車に乗って一時間。駅前にバンが停まっていた。
「おじさんお久しぶりです。待ちに待った初めての彼女です」
えらく低い片拝みである。安心したこちら側の人間だ。
「そうだってもう時期は終わりだ。焼き栗ご馳走してやるよ。お姉ちゃん名前は?」
「新庄ことはです」
「あ! 僕が言いたかったのに」
「じゃ、二人とも後部座席に乗ってくれ、二十分ばかしだ。このアホがいなければ楽しい話が出来たろうに」
「アホとは誰のことだい? 事と次第によっては僕はおじさんを倒さないといけない」
「アホは黙っとけ。それで何をどう困っているかいい機会だ。教えてやれ」
いいストレス解消になった。
焼き栗は美味しかった。
「おじさんは栗を作る才能はあるんだ」
「他に何も出来ないみたいな言い方だな」
「勉強は出来た方じゃないでしょ?」
私はカズオ君の足の甲を踏み抜いた。
「こういう時はノートに書いてあったな。困ったパターンに無い」
うーんと考え、栗をむいて口元に差し出した。
「あーん」
私は栗を取り上げて食べた。
「ことはちゃんごめんな」
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