第16話


 詰所を出たところでジークがミオの持っている紙袋に手を伸ばす。


「大丈夫、自分で持てるわ」

「いやいや、両手に荷物を持った女性の隣を手ぶらで歩かせないで。はい、素直に渡して」

「……ありがとう」


 ジークはミオが差し出した紙袋を片手で受け取ると、さてこれからどうしようかと考える。迷子騒ぎで辻馬車に乗り損ねてしまった。視線の先の停留所には、先程はなかった人の列がずらりとできている。


「村人の帰宅時間と重なったか。どうする? 食事をして時間をずらして帰るっていう手もあるけれど」

「そうね、せっかく来たし夕食を食べて帰りましょ。今日のお礼にご馳走するわ」

「嬉しいけど遠慮しておく。お礼はミオの淹れるハーブティーがいいから」


 にこりと笑った顔が甘い。可愛いこと言ってくれる、とミオは少し頬を赤らめしかし直ぐに首を振る。


(アラサーにはもったいない言葉と笑顔。私だからいいけれど、若い子相手にそんな顔したら誤解されちゃうわよ)


 心配になる。何でも疑わずに口にするジークだから、怪しい媚薬だって飲まされかねない。



 大通りの両脇には数軒おきに飲食店が並ぶも、まだどの店も満席にはなっていない。でも、道を歩く人の数はさっきよりグッと増えていた。


「さて、何がいい?」

「この国らしい料理がいいわ」

「らしい、ね。そうだ、それなら美味しい家庭料理を出す店が近くにある。何度かドイル隊長に連れて行ってもらったことがあって美味しかったよ」

「じゃ、そこがいい」


 店は噴水から歩いて五分ほど。混まないうちにと二人は少し早足でそこに向かった。


 一度大通りを離れ、そのまま西に少し歩いたところにあるその店は、赤い屋根のこぢんまりとしたアットホームなお店だ。


「こんばんは」

「あら、ジーク。あなたも来たの。ドイル隊長なら奥のテーブルよ」


 女将さんらしき人の言葉にジークが仰け反り頬を引き攣らせる。


「げっ、隊長が来ているんですか?」 

「あなたの悪友エドもいるわよって、あらあら、ジーク、可愛らしいお嬢さんと一緒なんてどうしたの!?」


 女将がジークの後からちょこんと顔を覗かせるミオに気づく。気づいたのはいいが、ジーク、のところから声のボリュームがグググッっと上がっていった。


「うん、ジーク?」

「女と一緒!?」


 奥のテーブルで、耳聡くその声を聞いた男二人が立ち上がる。その内の赤色の癖毛の男がツカツカと駆け寄ってきた。


「おいおい、随分可愛い子と一緒じゃないか。そういえば最近よく出かけているけれど、そうか、そうか、そういうことか」

「いや、違う」

「どう見ても違わないだろう」


 ねっ! と笑いかけられ、ミオは慌てて首を振る。


「ジークは私のお店のお客様で、今日は買い出しに付き合ってもらったんです。それだけです」

「……」


 ミオとしては、私なんかと誤解されてはとキッパリ否定したのだが、ジークはしょっぱい顔で肩を落とした。それを見てエドがジークの肩をポンポンと面白そうに叩く。


「まあまあ、そこら辺の話は食べながら聞くよ。えーと、名前は?」

「ミオです」

「ミオちゃんも一緒に食べよう。さっさ、こっちこっち」


 エドは嫌がるジークの首に腕を回し、半ば引っ張るように二人をドイル隊長の待つテーブルへと案内した。さらに、ささっと椅子をひき、自分の向かい側にミオを座らせる。ジークはそれを横目に渋々ミオの隣に腰を下ろした。


「あれ、貴女は、もしかして」


 斜め向かいのドイルがミオの顔をじっと見る。


「お久しぶりです。今日はヤロウ軟膏の材料を買うのをジークに手伝って貰いました」


「やっぱり『神の気まぐれ』だったか。不躾な頼みをして申し訳ない。ジークから怪我があっという間に癒えたと聞き是非医務室に置ければと、無理を承知で依頼させてもらった」

「うまく作れるか分かりませんがやってみます。それから私のことはミオと呼んでください」


 エドが二人のやり取りを聞きながら目を丸くする。

 どういうことか説明しろと言わんばかりに、ジークに向かって口をぱくぱくと動かすも、ジークは分かりやすくそれを無視した。

 

「とにかく、いろいろ世話になっている。部下の命を助けてくれたお礼をしたいと思っていたんだ。好きなものを頼んでくれ」


 ドイルがメニューらしきものをミオに渡すも、そこに書かれた文字が何なのか分からない。


「ドイル隊長、ミオはこっちの文字にまだ慣れていないんです。ミオ、食べれないものはある?」

「多分だいたい大丈夫だと思う」


 原型を留めていなければ、と心の中で付け足す。


(今まで疑うことなくお肉を食べていたけれど、あれは何のお肉だったのかな)


 野菜が知っている物ばかりだから、肉も牛や豚、鳥だと思い込んでいたけれど、辻馬車を引く馬の力強さはミオが知るものではなかった。

 もしかして、同じ名前でも違う姿の可能性もなきにしもあらず、なわけで。


 ちょっと尻込みしつつ、ジークにメニューを渡し任せることに。


「ミオちゃんお酒は飲める?」

「飲めないのでジュースでお願いします」


 ミオが『神の気まぐれ』と知ってもエドの態度は変わらない。ドイルも呆れ顔をしつつも止める気はなさそうだ。


「分かった。じゃ、エールを三杯とオレンジジュースを一つ」


 手を上げ注文するエドにミオは目をパチクリさせる。それから、ジークをじっと見た。


「えっ、何?」

「ジークってお酒を飲んで良い年齢だったのね。子供だから駄目だと思っていたわ」

「子供……」


 ジークの手からメニューがぽとりと落ちた。それを見た向かいの二人がクツクツと笑ったのはいうまでもない。

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