第7話


「うーん、……ここは?」


 眉間に皺を寄せながら騎士が僅かに目を開けるも、瞳孔は揺らぎ焦点は合っていない。


「川岸よ。あなた、川の近くで倒れていたの」


 騎士はミオの声に反応するかのように重たげに視線を向ける。思ったよりもあどけない目元、まだ二十代前半のようだ。


(綺麗な赤色の瞳)


 初めて見た瞳の色はルビーのようでもあり、深紅の色が陽炎のように揺れる。


「そうか、溺れた子供を助けた所で、流れてきた木に頭をぶつけて……」


 ぼんやりとしながら呟くと、木がぶつかったであろう箇所を鈍い動作で撫でる。


(そういえば、今朝店に来た騎士たちは、大雨が降ったので異変がないか巡邏していると言っていたわ。ということは、彼は川上を巡邏中、子供を助けそのまま流されたってことかしら)


 まだ、多くを話す元気のない青年を見ながら、ミオはざっくりと状況を把握する。

 顔色は相変わらず悪く小さく震えているので、背に手を回し上半身を起こすと水筒を差し出した。


「水筒の中に暖かい飲み物が入っているわ。身体が冷え切っているからこれを飲んで」

「すまない」


 青年は素直に水筒を受け取ると、口につける。保温機能はそれほどないけれど、それでも冷えた身体には充分暖かく感じるだろう。少しだけ顔色が良くなったように見えた。


「ありがとう、冷えた身体が温まりました」

「立てる?」

「多分。俺はジークです。貴女の名前は」

「ミオよ」


 ミオはリュックを背負い、騎士を支えるようにしてどうにか立ち上がる。しかし、重い。

 思わずタタラを踏みそうになり必死で踏ん張るも、心もとないことこの上ない。


「家まで距離があるけれど、頑張って」

「……すまない」


 ジークも歩こうとしているけれど、やはり足は痛むようで引きずるようにしか歩けない。

 途中、何度も木の根っこに躓きながらなんとか森を抜けるも、冷たかったはずの騎士の身体は熱いほど熱を持ちだした。


(傷口から菌が入って熱が出たのでなればいいけれど)


 身体が冷えて風邪をひくのも不味いけれど、若いし体力はありそうだから命に関わる可能性は少なそう。細菌や化膿する方が危険な気がする。


(町に行けば医者はいるのかしら? 家に解熱剤ぐらいはあったはず)


 ミオは息を切らしながら熱で朦朧としてきた騎士の身体を支え、どうしたらよいかと考える。


(お医者さんが町のどこにいるかも分からないし、もしかしたら留守かもしれない。それに、呼びにいくとしたらその間この人を一人にすることになってしまう)


 でも異世界に来たばかりのミオには、良い案が浮かばない。

 なんとか裏庭を突き抜け鍵を開け裏口から店の中に入るも、そこには椅子とテーブルしかない。

 寝かしてあげたいけれど床に転がすわけにもいかず、そうなると手段は限られてくるわけで。


「階段は上がれる?」

「……はい」

「靴脱いで」

「分かった……」


 靴を脱ぐ習慣なんてこの世界になさそうなのに、素直にブーツを脱ぐ。

 意識が朦朧として言われるがまま動いているのか、無防備に人を信じるたちなのか。


 よろよろとして這うように階段を上がると、左にある寝室の扉を開けベッドの下まで騎士を運ぶ。


「これ、着替えて。タオルはこれを使ってくれたらいいから」


 ベッドを背に座り込んでしまったジークに、多分洗濯したと思うスエットを手渡す。それから、ごそごそと布の山を漁り、こちらも多分洗濯したっぽいタオルを見つけて膝の上に置いた。


「私、外に出ているから何かあったら声をかけてね」

「はい」


 ジークが頷くのを見て心配ながらも扉を閉める。一人で着替えれるか不安はあるけれど、手伝うの躊躇われた。


「その間にこっちをどうにかしよう」


 ずぶ濡れのジークが歩いたせいで、廊下も階段もびしょ濡れ。お風呂場に置いてあるバケツの底でくしゃっとなっている雑巾を手にし、とりあえず拭いていく。廊下、階段と順に拭き一階まで降りたついでに時計を見れば四時。思ったより時間が経っていた。


「四時」


 ボソリと呟いたミオの顔が、ハッと明るくなる。


「もうすぐリズが来る!!」


 そう気づくともう待ちきれなくて。バンと勢いよく店の扉を開け外に出ると夕陽を背負ったリズが歩いて来た。まさしく救世主。その勇ましい姿に有名なアニメのテーマソングがミオの脳内に流れる。


「あら、ミオ、お迎え?」

「リズ〜! 助けて。さっき川で騎士を拾って帰ってきて、今私のベッドで寝てるんだけれど」

「はい?」


 いつもと違う低音に、ミオはぴたりと固まる。恐る恐ると見上げれば、リズが慌てていつもの笑顔を貼りつけた。しかし頬は引きつっている。


「えーーと。男を拾った? で、ベッドにいる?」


(ちょっと待って、そう言われると私が痴女のようじゃない!)


 そこで初めて言い方が悪かったことに気づき、慌てて首を振る。


「違う違う。違うくないんだけど違う。川の近くで倒れていて、足を怪我していて、熱もあって。それでとりあえず連れて帰ってきて今二階の私の部屋にいるんだけれど、どうしていいか分からないの」


 身振り手振りをつけながら一息に捲し立てる。


 医者に見せるべきか分からないし、そもそも医者がどこにいるのかも知らない。

 それに、あの様子では一人で着替えられるかも怪しい。

 自分が手伝うのは抵抗があるけれどリズならと思う。見た目はお姉さんだけれど、アレがアレだしいろいろ見ても平気だろう。

 リズはしどろもどろな説明を繋ぎ合わせると、なんとか事態を把握し頷いた。


「分かった。じゃ、部屋まで案内してくれる?」

「うん。こっちよ」


 階段を上がり左手側の扉を指さすと、リズがノックをして中に入って行く。暫くしてバタバタと音がし、悲鳴……は聞かなかったことにしよう。


「終わったわよ」


 数分後静かになったところで、ふぅ、と息を吐き出てきたリズの手には騎士服。

 まさかひん剥いたのでは、と思うも聞くのはやめておいた。


 濡れた服を洗面台に置き、ミオは改めてリズと一緒に部屋に入る。脱ぎ散らかしていた服はぎゅっと端に寄せ下着はベッドの下に蹴り入れといた。


 棚から救急箱を取り出し見れば解熱剤が数錠入っていたので、とりあえずそれを飲ませることに。


「ジーク、薬のんで」


 手渡すと虚な目で受け取り疑うことなく口にした。素直過ぎて老婆心ながら心配になる。

 

「多分、冷たい川にずっと入っていたから熱を出したと思うのだけれど。リズ、傷口から菌が入ったってことあるかな?」

「うーん、無いとは断言できないけれど、見たところ化膿したり膿んだりはしていなかったわ。っていうか擦り傷よね、あれ。服に着いていた血と傷口の深さが一致しないのだけれど」


 見下ろしてくるリズの瞳の奥が心なしがヒヤリとする。


「えーと、それについては下で説明するわ」

「分かったわ。ところでこの部屋、何かあったの?」

「……」


 ミオはツイと視線を逸らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る