第3話


 リズが帰ったあと、ミオは家の周りを探索することに。

 昨日は月明かりでほとんど見えなかったけれど、日の光の下で見ると……やっぱり何もない場所だった。リズの家は隣といっても距離があり、道沿いに植えられた木々でその屋根すら見えない。


(家の裏はどうなっているんだろう)


 そのまま時計回り裏庭に行くと、ただ、ただ、だだっ広い草原が広がっていた。


(勝手に使ってもいいのかな?)


 ミオの趣味は園芸。とはいえ、ベランダでプランターに幾つか植えるのが精いっぱいだけれど、ここなら耕したい放題、植えたい放題。問題は、どこからどこまでが自分の土地なのか分からない。いや、正確にはどこもミオの土地ではないのだが。


 庭の向こう側には、緑の葉がゆさゆさ揺れるこんもりとした森。何もなさ過ぎていまいち距離感が掴めないけれど、一キロほど先だろうか。充分歩いていける距離だ。


(とりあえず、誰かの迷惑になりそうな場所でなくて良かった)


 畑とか、民家の上に転移していたら申し訳なさすぎる。怪我人、死人がいなくてなによりだと思う。


(こんなに広い庭なんだし、ハーブが自生しているんじゃないかな)


 ハーブの中には繁殖力が高いものもいくつかある。

 例えば、ミントはその愛らしい見た目に反し、地下茎での繁殖力がとても高い上に種子からも増える。一度植えると取り除くのが大変で「ミントテロ」という言葉があるぐらい。

 他にも二メートルほどにまで成長するローズマリーも庭栽培に向かないけれど、これだけ広ければそこは何とかなりそうな気がする。


 バジルやカモミールあたりがあってくれれば、と思いつつ探すも結局ハーブは見つからなかった。

 空を見れば太陽はほぼ真上。そろそろ魔道具屋さんくるかな、と思ったところでタイミング良く店の入り口付近で人の声がした。


「こんにちわー」 

「はーい!」


 大きな声で返事をし駆けてゆくと、小柄な細い目の男性が大きなリュックを背負い立っている。こじんまりとしていて荷物が立っているように見えなくもない。その手には工具箱のような物を持っていて、近くには馬に引かせた荷車もある。


「こんにちは、リズさんに頼まれてやってきたフーロと言います」

「わざわざありがとうございます」

「いえいえ、こんなに美しい『神の気まぐれ』のお手伝いができるなんて願ってもないこと」


 気障な台詞にミオは目をパチクリとする。おまけに『神の気まぐれ』ときた、前回の転移者に感謝しつつ劣等感をもつミオとしてはそこに触れてほしくない。


「……あの、お願いしたいのは一階のキッチンにあるものと、それから二階のお風呂、あとドライヤーもできますか?」

「できますよ。ではまず一階から見ていきますね。あっ、リズさんから預かったお昼ご飯が荷車にあります」


 荷車を見れば、布袋が一つ入っていた。きっと町で買ってくれたのだろうと、リズの人の良さそうな顔を思い出し感謝しつつそれを持つ。

 店内に入ると、さっそくフーロをキッチンへと案内した。


「ここです。コンロと水道、あと冷蔵庫とかオーブンもあります」


 フーロはふむふむとそれらを開けたり閉めたり。一通り見終わったところでミオの方を向く。


「どれも魔石を埋めれば使えるようになりますし、その方が新しい魔道具を用意するより早くて安いです」

「では、それでお願いします」


 家電はすべて新品。それが使えるに越したことはないし、お金がないので安く上げたいところ。


「承知いたしました。あっ、それなりに時間はかかるんで、お昼食べちゃってください」


 フーロは道具箱を開けると、そこには色とりどりの石が入っていた。赤、青、黄色、緑、ミオの目には一カラット以上の大きな宝石に見えるけれど、それが魔石だ。


 フーロが愛想の良い顔から真剣な表情に変わったので、邪魔をしてはいけないとミオはテーブル席へと移動した。昨日は夜ご飯はを食べてないし、朝もバゲットとサラダだけ、おまけに広い庭をハーブを探して歩いたのでお腹がすいている。


 布から取り出すと、ハムとクリームチーズが挟まったベーグルと、ブルーベリーを練り込んだパン。それから、レーズンと胡桃のバゲットや、揚げパンなんかも入っている。町にはパン屋があるようで、どれも美味しそう。


(主食は小麦かな)


 この様子だと、お米はもう食べられないかも知れない。

 日本人としては少々、いや、かなり切実な問題だけれど、食事があるだけ幸せというもの。それにパンは大好きだ。

 

 ベーグルを齧れば、絶妙な塩加減がチーズの濃厚な風味を引き立たせていてとても美味しいし、もちっとしたベーグルの触感も良い。


(味が濃いからさっぱりしたミントティーがあいそう)


 とはいえ、修理は始まったばかり。しかたない、リズが置いていった水筒の水を飲もうとしたところで、妙案が頭に浮かぶ。

 

 カウンター席の向かいにある棚には、ハーブの缶や瓶をずらりと並べているけれど、それはすべてドライハーブ。

 ミオは「ちょっとお邪魔します」と作業中のフーロの後ろを通り抜け、奥の冷蔵庫へと向かう。

 中にはジップロックで小分けしたフレッシュハーブが幾つか入っていて、そのうちの一つとレモンを手にし、ペティーナイフを持って席へと戻る。


 選んだフレッシュハーブはミント。リズから渡された水筒にそれを入れ、半分にカットしたレモンを両手でぎゅっと絞って果汁を垂らす。最後に蓋をして軽くシェイクすると、即席ミント水の出来上がりだ。


 少し時間をおいてから氷を入れて飲めばさらに美味しいのだけれど、今日そこまでするのは無理。

 口に含めば爽やかなミントの風味が広がった。

 そのあとも、パンを食べながらミント水を飲み、お腹が十分膨れた頃にフーロが声をかけてきた。


「水道はできましたよ。ちょっと使ってみませんか?」

「はい、やりたいです」


 魔力で水を出す、なんてどうしていいかさっぱり分からない。ミオはちょっとわくわくしながらキッチンへと向かった。


「こうやって、蛇口の上に指をあて魔力を流してください。そうすれば水が出てきます」

「こうですか?」


 恐る恐る水道のヘッドのあたりに手をやると、ちょろちょろと水が流れてきた。おぉ、と心の中で感嘆の声を出す。


「はい、流れ始めたら指は離しても大丈夫ですよ。それから、流す魔力量によって水量が変わります。それはコンロやドライヤーでも同じですね」


 言われたとおりに、さらに指先に集中すると水量が増えた。指を離しても同じ量がずっと流れている。


「そうそう、で止めたいときは同じように水先を当て、水が止まるのをイメージして」


 言われたとおりにしてみるも、これは中々うまくいかない。一分ほどして水はとまったけれど、練習あるのみだな、と思う。それにしても。


「この水はどこからきているのですか?」


 魔法と言われればそれまでなのだけれど、出本が気になってしまう。


「魔石からですよ。水道には水を操るブルーの魔石をはめ込んでいて、そこから魔力に呼び寄せられて出てくる仕組みになっています。魔石の交換時期は大体十年と思っていてください。それより早く出が悪くなったなら修理をします」


 なるほど、とミオは自分の人差し指を見ながら思う。家電だって十年が寿命、その時には家電ごと買い替えなきゃいけないかも知れない。


「でもずっと冷やしておきたい冷蔵庫なんかはどうするんですか?」

「それは、もとから氷の魔石に少しずつ魔力を出すような加工をしておきます。だから、ミオさんは何もしなくてもいいですよ。ただ、魔石の寿命は五年とちょっと短めなんで覚えておいてください」 

 

 ミオは再び水道に指を当て、水を出しては止める、をやってみる。でも、出すのはともかく上手く止めることができない。


「私、しばらくここで練習しててもいいですか?」

「分かりました。じゃ、俺は先に冷蔵庫をやってしまいますね」


 フーロは水道のすぐ横にあるコンロではなく、冷蔵庫に取り掛かかる。

 ミオは何度も水道に指をかざし、魔力の使い方を練習した。

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