第16話

 さて、いっぱい飯も食ったことだし、食料問題に関しては一度このモモの種を持ち帰ってから考えるとしよう。両手を空の皿に向けて「ごちそうさま」をしていると。


「いやー、勇者裏切って本当良かったわぁ、これから毎日こんな美味しい料理食べられるんだから!」


 と、膨らんだぽんぽんお腹を叩いて満足げにそう言ったのは、芝生に仰向けに寝転んだ神官の女子だった。だらっしない腹で蹴とばしたくなる。踏みつけるのも悪くない。


 踏みつけようとしたら、ある単語が俺の脳の検索エンジンにリクエストされた。「勇者」というワード。勇ましき者という意味の他には、今の俺達の陣営に対して敵であるということ。そして、宿屋にある保護石の効果によって、ワープしたということだった。


 ワープ。さて、それはどこにワープしたと言っていただろうか。


『保護石って宿と宿を一方通行だけどワープできるのよー』


「なぁ、おい」


「ゲフ!?」


 結局踏みつけた。


「何すんの……うっぷ」


 口を押えて気持ちの悪くした。気持ち悪くしている場合か! 肩を両手でガシッと掴み前後に揺らす。


「聞きたいことがあるんだ! 勇者が宿屋がワープするあれあっただろう、その宿屋ってどこでもワープできるのか!?」


「いっこ、まえに、飛べる、けど、」


「一個前!? その宿屋ってどれくらいの距離だ? 何日で行ける?」


「日が、いっかいくらい、のぼれば、いけオロロロロロロロロ」


 十分な情報を得られたので、急いで跳び退いた。ゲロ臭いのでもっと距離を取って考える。マジか、それは非常にまずい、飯のことで頭がいっぱいだった。今魔王は弱体化しているんだ。つまり。


「勇者が、魔王城に来ているかもしれない」


「なんじゃと!? 壺片付けんと置いたまんまじゃった!」


 魔王が顎を地面にガクーンと外して、文字通り驚愕する。いや文字通りではないけれど、驚くのはそこじゃない。


「魔王城に勇者が迫っているということは、魔王城に留守番させてる部下が大変だってことだ、どうしたものか」


 一応魔王の代理を任された実としては、部下の身を案ずる必要がある。士気が下がるということは、組織のメリットを十分に活かせないということだ。


 それに、あの部下たちは俺達をもてなしてくれた。それも数少ない食料をはたいて、だ。食料がない状態なのにもかかわらずそうしたのはまさしく馬鹿な行いだと思っていたけれど、それが俺を思っての持て成しだったならば、行かなければならない。


「そうだ、おいゲロ娘! 放送魔法とか使って、魔王城の中を見れないか?」


「うっぷ、見れるわけないでしょぉえ、放送はこっちから配信する一方通行なんだから……」


 青ざめた神官の女子は更に口を押えるので、更に距離を作る。なら一刻も早く見に行く必要があるってことか。


「いや、そうか放送魔法なら見れるかもしれん!」


 そう声を上げたのは魔王だった。


「わしの部下はわしと上司部下の契約関係にあるんでの、わしの魔法を遠く離れた部下に適応させることができるんじゃ。その性質を応用すれば」


 部下の視覚を、放送魔法で投影させることができるんじゃ。


 そう言って魔王はムムムムムと、集中する。両手を目の前にかざすと、そこに横長長方形のディスプレイが表示された。


 缶詰を食べている骸骨やゾンビ、スライムたちの姿があった。


「お前ら! 備蓄と言っておるじゃろが! 食いすぎじゃ!」


『うげ、魔王様!? どうして心の中から!?』


 どうやら、部下たちの中でも会話ができる者もいるらしい。そいつをピックアップをして監視カメラの代わりにしたということか。それにしても抜き打ちで上司がリモートで叱ってくるとか、恐怖でしかないな。

 

「命令じゃ! エントランスを見張るんじゃ!」


 食べ物を全部たいらげ、骸骨らしき一体がガジャガジャと走る。VRゴーグルの映像を平面で見ている気分で少しは酔いそうだったが、紆余曲折を経て、俺が最初に来たエントランスにたどり着く。壺の置かれただだっ広いエントランスへ。


 その景色は、ぽつねんと壺が置かれているだけで、本当に何もなかった。殺風景で壺がとても存在感を放っていた。透明なキラッとする何かがあるような気がするが、光の反射でガラスの破片か何かが映っているだけなのだろう。それ以外本当に何もなかった。魔王は額にかいた汗を拭う。


「ふぅ、まだ来とらんの。よしお前! 勇者が来るまでそこで見張っとくんじゃ!」


「勇者ですか? それって、あの影の事でしょうか?」


 影? そういうのでじっと画面を見る。ミッケで最後のポイントを探すように、画面に釘付けになる。すると、魔王城の出入口のところに、伸びる影があった。今は昼間なので、暗い魔王城に日の光が差し込んでいるのだろう。そしてその人影は、確かに四人の見覚えある人影が見えていた。


 え、四人?


「なぁ、一人増えてないか?」


「ちょっと待っとれ」と、魔王は摘んだ二本の指を画面に当てると、その指を広げて画面をズームさせた。ユーザビリティがしっかりした魔法だった。ズームされた見覚えのない男は、しかし服装は少し見覚えがあった。

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