第26話浅田理事長side

「間違っていたんでしょうか」


 自問するかのような物言いだ。

 呟く様な、か細い声だったが静寂な室内では十分耳に届いた。


「私もお二人が異母姉弟の可能性に思い至った時は衝撃を覚えました。こんな事件がなければきっと調べもしませんでしたわ」


「やっぱり反対すべきだったんです。この学校に進学する事なんて。そうすれば、こんな不毛な辛い思いをあの子がする必要なんて……なかったのに」


「そうかもしれませんね。お嬢さんがこの学園を選ばなければ異母兄と会う事も無かったでしょうから」


「はい」


「ですが、選んだのはお嬢さんです。そして知らなかったとしても異母兄と関係を持つことを選んだのもまたお嬢さんです」


「……はい」


「お嬢さんが関係を持った男子学生は他にもいます。もしかすると違い生徒の子供かもしれませんが、子供を産むことはお勧めしません」


「……はい」


「私はお嬢さんだけでなく奥様にも一度カウンセリングを受けるべきだ思いますわ。聞いた話しですが、お嬢さんの高校進学に奥様の影響がとても強かったと伺いました」


「……はい」


「校区内には他に幾つもの進学校があるにも拘わらずに、浅成学園を選ばれた。私には、そこに何らかの意図があったのではないかと考えなりません」


「妻が娘に強制したと?」


「誘導した、というべきかもしれませんね」


「ゆう……どう‥‥‥」


「もっともこれは憶測にすぎませんが。証拠は何もありません。ただ証言でこちらが判断しただけです。奥様は昔話しの一環で話されただけなのかもしれない。そこに本当の父親について話したという可能性もありますしね」


「……」


「飽く迄も可能性の話です。お気に障ったのなら謝りますわ」


「いえ、娘の実父について妻は何も話していないと思います。そのことについては娘には黙っていると結婚前に約束してますので……」


「そうですか。今回の件でお嬢さんは体にも心にも深い傷を負いました。それは奥様も同じでしょう。ですが、被害者であると同時に加害者でもあります。きっと多方面で辛い思いをするでしょう」


「……はい。……取り返しのつかない事をしました。大場さんにも大変な迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」


「私の事は気にしないで下さい」


 女子生徒の父親は大場夫人に深々と頭を下げた。


「理事長、そういうことですので、この件は内密で勧めてください。勿論、お嬢さんの件に関しても大場家で話し合う必要がありますので、後ほど学園の方にお伺いすると思いますがよろしくお願いしますわ」


 大場夫人が立ち上がり俺を真正面から見た。

 表情こそ穏やかだがその瞳は鋭く、もし嘘を言っても一瞬で見抜かれそうだった。


「分かりました」


 俺が頷くと大場夫人は満足気に微笑むと窓を見上げた。


「理事長、最初を間違えてしまうと全てが間違ってしまいますわ。一つの嘘をつけばそれがどんどん膨らんでしまうように。関係者は無関係ではいられないでしょう。学園のこれからの進歩に期待していますわ」


 一礼をすると大場夫人はそのまま退室した。

 扉が閉まる音を聞いてドッと疲れが襲ってきた。

 何時間も話していたような錯覚に襲われた。

 時計を見るとまだ数分しか経っていなかった事に驚いたぐらいだ。






 その後――


 女子生徒は腹の子を降ろす事が決まり、加害者の男子生徒との間で示談が成立した。

 男子生徒は学園を自主退学した後に、かねてより彼を応援支援していた企業の勧めでスポーツ専門の学校に入ったと風の噂で聞いた。




 


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