第12話シオンside

 パサリ。

 報告書を机に置いた。


 どうやら自分達の置かれた立場が理解し始めたようだ。

 あの男も馬鹿じゃない。薄々感じていたんだろう。仕事関係のパーティーは兎も角、個人的な付き合いをしてくれる名家がいない事に。



 それと――



 【鈴木晃司に関する調査結果】



 報告書に書かれた内容を思い返した。



「男性不妊とはな。……気の毒なことだ」


 散々、桃子を「石女」と罵っていたと言うのに。実際の問題は男の方にあったのだからお笑いだ。


 鈴木晃司――――妻の元夫。


 彼は普通の男より精子を作る機能が低い。それが原因で自然妊娠はほぼ不可能に近い。

 全く無理という訳ではないが、余程運がないと成功は難しい。

 しかも彼の場合、更に問題があった。精子の奇形率が極めて高く、受精しても正常に育つ可能性は低いという……不妊以前に子を成すことすら難しい状態だった。どう考えても自然妊娠は奇跡だろう。どうしても子供を望むのなら、人工授精しかなかった。

 彼はそれを知らない。

 おそらく彼の両親も知らないのだろう。


 だが今回、偶然にも彼と桃子は再会した。

 そして彼は桃子に子供がいる事を知った。

 子供が出来ない事を離婚理由の一つにした男とその両親。彼はきっと自分の両親にそれを伝えることは無いだろう。男には最愛の妻と娘がいる。結婚して約十年後に出来た子供だ。男は怪しむだろう。疑問に思うかもしれない。だが決して口にする事は無い筈だ。

 子供が出来なかったのは誰のせいだったのか。元妻には子供がいる。でも自分にもいる。その子供は本当に俺の子なのか? 彼は疑心暗鬼に陥るに違いない。親子かどうかを知るにはDNA鑑定しかないが果たしてそれができるかどうか。


 それとも病院で自分に子供が出来るか検査するだろうか? いや、あの男はプライドの塊だ。そんな事はまずあり得ない。


 一組の親子の写真。

 調査結果と共に送られてきた家族写真。

 彼の思考は手に取るように分かる。彼は今、疑心に満ちているだろう――自分と娘の間に血の繋がりがないのではないか、と。


 娘は両親のどちらにも似ていない。

 親に似ていない子供など世の中にいくらでもいる。しかしその反面、子供の事は夫婦だけに分かる事もある。写真を見る限り二人の顔立ちも雰囲気も繋がりを感じだせない。耳の形など一体誰に似たんだと疑問に思う要素もある。

 容貌は辛うじて女に似ている。



「海外で頑張っていると言うのに徒労に終わったな」


 嗤いが止まらない。

 あの男は自分が外で何をしているのか知られていないと思っていたらしい。少しばかり脅せば顔色を変えた。


「折角頑張って種付けをしていたというのに……全く残念だ」


 最初は父親の命令を断わり続けていたようだ。

 恐らく、父親の方は孫娘に疑問を持ったのだろう。だからこそ、息子に女を宛がった。国内だと足が付く。だからこその海外だ。それも只の女ではいけない。足元を見られる。だから会員制の店を利用した。そういう店だ。ただの快楽だけを目的とする店とは種類が違う。上流階級御用達の店だからな。外に漏れる心配はまずない。会員には厳重な契約が交わされる。愛人といえども他言無用の約束をされている店だからバレる心配はない。ああいった店は昔からある。信用第一だからな。スタッフも口が固い者しか雇わないし雇われない。


「鈴木会長もご苦労な事だ」


 まさか息子の方に原因があろうとは夢にも思わなかっただろう。不妊の原因は女の方にあると公言するくらいだからな。それとも桃子の時に自信満々に宣言してしまったせいか撤回が出来ないのだろう。


「馬鹿な奴らだ。これが因果応報というものか」


 誰にとっての因果応報か。

 鈴木晃司か。それともその親か。あるいは――――



 神様という存在はいるらしい。

 少なくとも、あのに止めをさしてくれたのだからな。



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