第34話晃司side

 父は怒りを抑えるためか、深呼吸を繰り返した後に喋りだす。


「話がそれたが、退陣するのは主に役員だけだ。一般職の鈴木家の人間は今まで通りだ」


「そ、そうですか……」


 なぜこんな話をするのかわからない。

 嫌な予感がする……。


「晃司……お前も退陣せよとの事だった」


「へ……」


 今、父は何て言った?


「お前はグループを破滅させただけではなく鈴木家をも破滅させた」


「……」


 父は静かに笑っている。なのに目が笑っていない。口だけが笑みの形を象っているだけで目が一切笑っていないのだ。今この場に立っているのは紛れもなく自分の父親だと感じる事が出来ない。感情の籠らないただのガラス玉の目を持つ男が立っていたのだ。


「だが、お前はまだ若い。社長職ではなく一般職であれば会社に残っても良いとのことだ。今の会社に残るか去るかはお前の自由だ。私も強制はしない。いずれにしろ数週間後には辞令が出るだろう」


「……」


「それと、鈴木グループの負債は責任をもって支払えと株主総会で決まったため、この家も売りに出した。美術品も車も別荘もな。お前に残せる財産はない。分かっていると思うが、これまでのような暮らしは送れん。だからお前のクレジットカードも止めさせた。お前達夫婦が暮らしている家も抵当に入っているから一ヶ月後にはいなくなるから早いとこ住まいを見つけて家を出るように」


「な、なんで俺の家まで……」


「当然だろう。お前は自分の家だと言っているが、アレは私達夫婦がお前と桃子さんの新居として用意した家だ。名義は私だ」


「……」


 父は淡々と告げるが内容はとんでもないモノばかりだった。

 話をまとめると鈴木グループは鈴木家から離れる。その際に、会社名を新しくして再出発する。今までの鈴木グループの負債は鈴木家の個人資産で賄われ、そのため殆どの財産を失った。辛うじて残っているのは沖縄にあるマンションの一室くらい。両親はそのマンションで暮らすらしい。沖縄で隠居生活を送ると宣言した。



 悪い事は重なる。

 いや、コレは俺が知らなかった事だ。


 俺は元妻の価値を全く知らなかった。


 華族公家の家柄。

 歴史ある旧家の令嬢。


 ただ単にいい家柄のお嬢様だとばかり思っていた。

 それは間違いない。

 だが、俺は伊集院家の、引いては伊集院桃子の人脈を知らなさ過ぎた。


 元妻の価値がただ血筋だけなら何の問題も無かっただろう。


 まさか日本だけでなく海外にも有力な人脈王侯貴族、財閥を持っているなど、誰が思う?



 父の話では、碌に交流を持たなかった学生時代に『花嫁修業』の一環としてヨーロッパに留学をしていた頃から人脈開拓を個人で行っていた…………知らない。俺は桃子から何も聞いていない。



「お前は自分の妻だった女性の事を何も知らないのだな」


 父の言葉に何故か、ショックを感じてしまう自分がいる。


 知っているつもりでいた。

 知った気になっていた。


 だが父の言う通り、俺は元妻の事を何一つ知らなかった。






 一週間後、鈴木グループの創業者一族の退陣が発表された。

 鈴木家、及びグループの役員は、その地位を追われた。そして全ての負債を背負う形で会社を去る事になる。


 同時刻、鈴木グループの新しい会長が就任。

 記者会見の席でグループの業務縮小と、それに伴う大規模なリストラを発表した。



 


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