第5話 有村景虎参上 一方――――

「WHO IS THAT SAMURAI?」


 あのチャンネル登録者2000万人越えのダンジョン配信者 


 蒼月ノアを助けたサムライは何者か?


 彼の情報は錯綜していた。 



 ある配信者の生配信中には――――


「はい、次は……本当かな、これ? 皆さん知ってます? なんと……ダンジョンにサムライが出現したそうなんです! 今回は、そのご本人を名乗る人物と通話が繋がっています。 ちなみに僕は偽者だと思います」


 稚拙な偽者が登場して、話題と炎上を繰り返していた。



 アフィリエイトサイトでは――――


『ウワサのサムライの正体は!?』


 今回は、サムライの正体について調べていきたいと思います!


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・・


 調べてみましたが、サムライさんの正体には判明できませんでした! 



 SNSでは――――


『あの身体能力って、現役のスポーツ選手じゃないの? 五輪とか出てない?』


『いや、そんな有名人ならみんな知ってるだろ』


『超マイナー競技とか? 日本国籍じゃないから、みんな知らないとか?』


『いやいや、海外でも大バズりしてるぞ。 どこも情報がない』


『マジで生き返ったサムライじゃねぇ?』


『↑それだ!』


 そんな時、蒼月ノアの配信予定のサムネ。 サムライのシルエットが使われていた。


 かなりの注目度————そして配信が始まった。


「はい、始まりました。 蒼月ノアのダンジョン配信です。今日は――――皆さん、期待してますよね。さっそく、ゲストを紹介します」


「えっと、拙者は有む……いえ、謎のサムライでござる」


 その登場に視聴者リスナーたちは――――


『なんだ、そのマスクは?』


『顔を見せろ、顔を!』


『待て待て、本当に本物か?』 


 そんなコメントの通り、有村景虎は、顔を隠していた。


 面頬という防具だ。 顔の側面、頬、顎を金属で覆われている。


「謎のサムライさんは、これから本格的なダンジョン配信を始めるので、お顔を公開するのは、もう少し後で……お楽しみにしておいてくださいな」


「うむ……」と慣れない様子で景虎は頷いた。


(なるほど、普段のノア殿と比べて、ゆっくりと聞きやすさを意識しているのか? それに雰囲気も少し違うような……)


「それでは――――」とノアはチラっと景虎を見た。 まるで悪戯を考えている童のような視線だと彼は思った。


「今日は、20層を中心に探索していこうと思います。よろしくね!」


 すると、コメント欄は……


『えっ? 20層?』


『今日は出現の時期だぞ!』


『これから本格的な配信を始めるって……それで20層はキツイでしょ!』

 

『でも、サムライの実力がハッキリするなら……』


 そんな不穏なコメントが流れ始めた。


「むむむ、20層には何があるのでござるか?」


「それは行ってからのお楽しみ。それじゃ、20層へ移動まで配信を止めるね!」


 そう言うと、声に反応してドローンが撮影を停止させた。


「お疲れさま」と駆け寄ってきたのは、光崎サクラだ。


 彼女は、景虎の正式な配信デビューで不測の事態が起きてもカバーできるように、ドローンに後ろで撮影は入り込まないように待機していたのだ。


「はい。景虎さんも、これどうぞ!」


「おぉ、かたじけないサクラどの」と飲み物を受け取った。


「しかし、20層……このARという機能で見えるコメント」


「あっ、やっぱり見難いですか?」


「いや、そうではござらん。随分と不穏なコメントが流れているように拝見したが……」


「……」とサクラは笑みを浮かべて、小首を傾げた。


「ネタバレはダメよ、サクラ」とノアが話に入って来た。


「配信には驚きサプライズが必要なの。視聴者にも、演者にもね。リアルな配信こそが、人を引き寄せる力があるのよ」


 ノアはトップ配信者として一家言があるようだ。


 もっとも、彼女とてダンジョンを甘く見ているわけではない。


 景虎の力がどれ程のものか? それを試すための試みだ。


「うむうむ」と景虎本人は、納得したように頷き、


「無論、ダンジョンは真剣勝負の場でござる。しかしながら、今回は拙者の力量を試すため……というわけでござるな?」


 そんな会話を交わせていると――――


「これは、なんの扉でござるか?」


 ダンジョンの壁。何か人工物が取り付けられたいた。


「これは昇降機エレベーターですよ!」とサクラの声は弾んでいた。


 鍛冶師でもある彼女には、そういう建造を含めた物作りを好んでいるのかもしれない。


「昇降機? これで下の階層を上から下に直接移動できるわけでござるか?」


「その通りです。もちろん、最深部まではいけませんが、浅い層……50層までは安全に移動する事ができるのです」


「ほう、拙者の世界にはなかった絡繰りでござるな。これがあればダンジョン探索も楽になりそうだ」


「景虎さんの世界には、近道ショートカットする方法はなかったのですか?」


「いや、なかったわけではござらぬが……拙者たちはダンジョンに縦穴を掘って、そこから飛び込んでいたでござるよ」


「それは……大胆と言いますか」とサクラは絶句を挟みながら、言葉を選んだ。


 チーンと音がした。なんというか……エレベーターのドアが開く音は、新たな始まりを象徴しているのかもしれない。


「2人とも、配信を再開するよ」とノアは武器を構えた。


「いきなり、魔物がいるかもしれないから注意を怠らないようにね?」


「一切承知」と景虎は短く答えた。


(今回はダンジョン配信者としての拙者の実力を試すためのもの。ならば、ノアどのを頭目として指示を仰ぐのが得策。もっとも――――)


 景虎の思考は、そこで止まる。 なぜなら、エレベーターを出た先に、気配を察知したからだ。


(うむ、ノアどのもサクラどのも、気づいておられる模様。さすが、この世界のトップ配信者でござるが……さて、問題はどのような魔物が出て来るか?)


 景虎は、この世界のダンジョンで、この世界の魔物と戦いの初めて――――いや、サイクロプスと戦ったのは、どちらの世界であったか? 


 もしかしたら、自身の知る魔物とはまるで別物。 常識すら覆す怪物と戦う可能性もある――――否。  その算段の方が高いだろう。 だから――――


 彼は笑みを浮かべていた。


「3人共いい? 配信再開と共に戦闘を始めるわよ? 3……2……1……」


 0


 その合図と共に、景虎たちの姿は世界に配信された。


『うおっ! 再開と同時に戦闘だ!』


『説明なしで戦闘止めれw で、なんの魔物?』


『ありゃ、蟻の魔物アントワーカーだ!』 


 アントワーカー 働きアリの名前を持つ魔物は、姿もアリそのもの。


 ただ、違うのは2メートル近くある巨体か? それが10匹はいる。


 今回、裏方に徹するサクラは、事前の予定通りに後ろへ下がった。 


「前衛、左2匹を排除して、お願い。私は真ん中を突出して切り崩していく」


「承知した」と前衛の景虎。  ノアの指示を受けて、左に飛ぶと同時に巨大な日本刀を抜刀。


(昆虫系の魔物は、異常なほどに生命力が高い。 首を落としても戦い続ける……ならば!)


 景虎の手から白い線が発せられた。それが巨大な刀の太刀筋が輝いたものだと、誰が信じようか?


 彼の刀は、アントワーカーの頭部から伸びた2本の触角を斬り落として見せた。


 知っての通り、触角は昆虫の感覚を司る器官。 言うならば、目と耳と鼻を破壊したようなもの……


 それにより、アントワーカーの脅威度は大きく下がる。 


(まずは1匹め……簡単に死なぬ魔物なら、戦闘能力を剥奪すればよい。そして、2匹め)


 景虎は2匹のアントワーカーを数秒で処理した後に気づいた。


「やはり、異なる世界で思考が鈍っておる。触手を斬り落とせるなら、頭部を斬り落とせば、一緒の事でござったな。……やはり、未熟でござったか」 

  

 反省を素早くすませた景虎は先行しているノアを見る。


「さすがでござるな。 取り囲まれないように動き続けている」


 彼女は細剣を優雅に振るっている。 どこに弱点があるのか精通しているのだろう。


 頭部に刺突を繰り出して、生命力の高いはずのアントワーカーを一撃で倒していた。 


「見事でござったな」


「か……謎のサムライさんこそ。初めてアントワーカーを相手にしたとは思えません」


 ノアは、景虎の名前を言いかけた事に動揺したのかもしれない。 彼女らしからぬ失言をしてしまった。


『え? アントワーカーを初めて相手にした?』


『どういう事? 上層なら、一定数出現する魔物のはず……だよね?』


『そんなダンジョン初心者じゃあるまいし』


 すぐに弁明を……そう思うも、誤魔化す言葉がうまくノアには思いつかなかった。 


 しかし――――


「うむ、拙者はこのダンジョンは初めてでござるよ」と景虎は普通にコメントに答えてしまった。


『このダンジョンは初めて?』


 そんな感じで、視聴者と突発的な質疑応答になろうとしていたのだが……


「いや、待たれよ。何か、嫌な気配を感じたでござる」


 前方、いつの間にか奇妙な物体が出現していた。 


 それは――――銀色に輝ける卵。 


 しかし、何の卵か? 先ほどのアントワーカーよりも大きい。   

  

「鋼を叩いて鍛えて作ったように見える。しかし……この気配は生物」


 最初に景虎が、連想したのは、


 彷徨える鎧武者のように幽霊系の魔物。


 あるいは、絡繰り武者ゴーレムのように人工魔物。


(しかし、生物の気配を感じる事から、どちらとも違うと断言できる。ならば、あれは身を守るための防具と考えるが筋か?)


「ならば―――」と景虎は、即座に間合いを縮める。


 相手は、攻撃の体勢にはない。


 斬ッと刀を振る。 銀の卵には、大きな刀傷が残った。


「この手ごたえは、やはり金属のソレ。 むむむっ! おそらくはヤドカニの部類。ミミックか?」


 ミミックとは、擬態型のモンスターだ。


 通常ならばダンジョン探索者が貴重なアイテムや財宝を入手するために開けるであろう宝箱として姿を変え、近づく者に襲いかかることで有名な魔物だ。


 その生態は不明な所が多いのだが……


 宝箱に変身しているわけではなく、既存の宝箱に入り込み探索者を騙す。


 だから、景虎はミミックの事をヤドカニと呼んだのだ。


「しかし、ミミックが寄生している外装は何でござろうか?」


 その疑問にノアが答えた。


「ダンジョンができた頃に送り込まれた自衛隊の無人兵器……ドローンの一種よ」


「ドローン……でござるか?」と疑問符を浮かべる。 彼のドローンの知識は、背後で撮影しているカメラを内蔵したソレだ。


 とても同じ物とは思えないが……


 次の瞬間、卵が変形し始める。 滑らか過ぎて、細かな継ぎ目すらわからなかったのが……今は半人型戦闘マシンの姿へ。


「打ち捨てられた戦闘用ドローンの内部にミミックが卵が産みつけられている。今が卵が孵って、活発になる時期なのよ」


「なるほど……出したゴミは、その場に捨てずに持ち帰ってもらいたいでござるな」


 そんな冗句ジョークを口にする余裕のある景虎であったが、


「あっ、気をつけてね」


「むっ?」


「まだ、兵器としての機能は生きていて、ミミックも本能で作動できるから」


 その直後、ミミックの外装……金属の先端が景虎を向いた。


「――――まさか、種子島でござるか?」


 その予想は当たっていた。 すでに回避運動を済ませている景虎であったが、その銃撃は彼の予想を超えるものだった。


「むっ! 連続で弾を発射できるのか!」


 景虎は、異なる世界から来たサムライと言えど20××年の人間。 マシンガンの存在を知っているが、自分に向けられるのは初めての経験だった。


 最新のマシンガンは、1分で500発から1000発の弾丸が発射される。


 ダンジョンの魔力で強化されている人間――――例え、前衛の戦士であっても、直撃を受ければ死もあり得る。

 

 本来なら20層で出現する魔物のスペックではない。


 低い体勢で駆け回り、弾丸をやり過ごす景虎であったが……


(うむ……やり難いでは相手だ。しかし、拙者の実力を試すために蒼月ノアどのが用意した相手。強者であれ、勝てぬ相手ではござらぬ!)


 次に景虎が行った行動。


『え?』とノアを含めて、視聴者たちも驚かせる。


 彼は自身の武器である日本刀を投げつけたのだ。


 投擲


 ミミックの外装に深々と突き刺さる。 しかし、致命傷とはいかないようだ。


 景虎は武器を失っている。 それをミミックも好機だと思ったのだろう。銃口を向ける。だが――――


「遅い」と既に景虎は、間合いを詰めていた。


 彼が持つメインウェポンである巨大な日本刀。 言い換えれば巨大過ぎる鉄の塊――――重さは、振り回している景虎本人の体重よりも重いだろう。


 それを手放した景虎の速度は、神速と呼ぶに相応しい。


「せい!」と彼のかけ声と共にミミックは宙を舞った。


 彼の技。柔術による投げが炸裂したのだ。


 グシャ――――と音。 何かが壊れた音だ。


 バタバタとひっくり返された蟹のように、ミミックは体勢を直せず――――しかし、銃口は再び景虎を捉えていた。

 

「止めておいた方がいいでござるよ?」


 その言葉が果たして、ミミックに通じたのかは不明だ。


 銃口が火を噴く。 そう思われていたが……


 暴発。 


 内部のミミックはともかく、外装は精密機械……製作者の想像を超える衝撃を受けると、機能が低下。 さらにその重量による衝撃は、装着している銃器に破損を与えていたのだ。


 爆発が起きた内部。 本体であるミミックに、どれほどのダメージを与えたか外見ではわからないが――――


「これで終わりでござるな」と彼は愛刀を取り戻し――――金属で固められた外装ごと、ミミックを一刀両断して見せた。


「うむ、初めて見る武装をした魔物。拙者の知るダンジョンの魔物とは大きく違っている。これでまだ20層……上層であるか。しばらくは楽しめそうだ」


 彼の目には、さらに新手のミミック――――銀色の卵が3つ転がりながら近づいてくるのが見えた。


「やはり……今からでもゴミは、キチッと処分するべきでござるよ?」

 ・・・


 ・・・・・・    

  

 ・・・・・・・・・


 ミミック討伐を終わらせた景虎たちは、そのまま20層の強敵ボスであるマヤ―アント(巨大な女王蟻の魔物)を撃破した。


 今度は景虎だけではなく、ノアも攻撃に参加したのでアッサリと討伐に成功した。


「それでは、今日のコラボはありがとう! また明日ね」とノアの配信枠は終わった。


 彼女は、景虎に向かって「どうだった?」と聞いた。


「うむ、ノア殿の言いたかった事はわかったでござる。ここは拙者の知るダンジョンとは大きく違っている。何も知らずに挑めば、拙者とて不覚を取りかねぬ」


 おそらく景虎の言葉は正解だったのだろう。彼女は優し気に微笑んだ。


「……だからこそ、もっとも重要であるはずの情報を伏せて、拙者にあのミミックの相手をさせたわけでござろう?」


「さて、どうでしょうか? ただ……」


「ただ、なんでござる?」


「どの世界でもダンジョンで生き残るのは、考え続けた者だけ。私の師匠の言葉よ」


「なるほど、良い師を持ったのでござるな」


(おそらく、今回の配信は、ノア殿が拙者に教えれる事を短期で教えるための配信だったのだろう)


 蒼月ノアはトップ配信者。 コラボ配信が可能な相手も同格と言えるトップ配信者に限る。


 配信活動は慈善活動ではないのだ。 


 メリットのないコラボは、良しとされない風潮がある。それは秩序であり、規定のようなものである。


 蒼月ノアが乱すのは、配信界隈に取ってもマイナスになる事が多い……そう想像するのは容易いだろう?


(ならば、拙者とノアどのと組んでダンジョンに挑む事は、数年後になるだろう)


 今回のように、配信者として本格活動をする前の景虎だったからこそのコラボ配信。  

 

 そう……次は、次こそが有村景虎の配信者としてデビュー配信になるのだ……



・・・


・・・・・・・


・・・・・・・・・・


 所変わって、ダンジョンから離れていない場所にある建物。


 『ダンジョン管理省』


 その正面入り口には、時代遅れとも言える木の看板には墨と筆を用いて書かれていた。


 ダンジョン管理省……つまり、蒼月ノアの父親が長官を勤める場所となる。


 そして、最上階にある『長官室』に蒼月ノアの父親、蒼月猛がいた。


 「やれやれ、嫌な仕事だよ」と彼は言った。 


 独り言ではない。後ろに備えている副官の男に同意を求めてのだ。


 しかし、彼は―――― 「長官、そろそろお時間です」とだけ、


 遠回しに「先方に聞かれると良くありません」と嗜めたのだ。


「君は優秀すぎて、面白味がないね」


「申し訳ありません」


「誉めてるんだよ。さて、始まったね」


 蒼月猛の言葉通り、長官室は明かりが消えた。 青い機械の光が室内の2人を照らしてるのみ。


 やがて、前方の巨大モニターに人影が浮かび、リモート会議が始まった。


 そのリモート会議が異常に思えるのは、画面に写っている男たちサムライの格好をしているところだろうか?


 蒼月猛はモニターの中心に写っておる男に深々と頭を下げた。


「お久しぶりです。織田信長さま」


 彼は、頭を下げ、地面を見つめながら……


(やれやれ、困った。戦争を回避できるか? この舌三寸にかかっているのか)


 誰からも見えぬように、舌を出している。 それはまるで、あかんべーをしているように見えただろう。


 

 

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