12 愛されたいだけ



 人生全てがうまくいくとは思っていない。


 でも、私はうまくいけばいいと願って、願わずにはいられなかった。高校二年生になっても、白馬の王子様がやってきてくれるなんてたまに夢に見る。でも、現実はそんなに甘くなくて。



「幸、僕の話を聞いてくれないか? やっぱり法律上大人の僕と、子供の君が付き合うのは違う気がするんだ。君のご家族も心配するだろうし、その、わかってほしい」



 そう、付き合って二日目に恋人である四葉さんから言われ、目の前が真っ白になった。別に、まだそこまでほれ込んでいないはずで、恋愛不慣れな四葉さんをリードしようって勝手に舞い上がっていた。でも、四葉さんは私の恋人は嫌だと、そういう風に言うのだ。



(……何で?)



 それから、田代さんと呼ばれた、店長さんがやってきて、四葉さんと私の話を聞いてくれた。田代店長は、私の話を否定することなく聞いてくれて、嬉しかった。顔を突っ伏していて、四葉さんの顔は見えなかったけど、困らせてしまったんじゃないかなあとも思った。私はいつも、人を困らせてばかりだった。思えば、葵も優もきっと私を厄介者扱いしているんだろうと、ネガティブに考えてしまう。今はそれは関係ないと思っていても、何だか、そんな気がしてきてならなかった。



(私は、愛されたいだけなのに)



 愛されたい。


 それが私の奥深くに存在している、一番の理由だ。これがなかったら、そんなフラれても次の恋人をと探すはずもない。ただ、無性に愛してくれる人が欲しかったのかもしれない。そんな大事な、と言われればそれまでなんだけど、どうしても大人から冷たい言葉を浴びせられるのは苦手だった。

 それを感じ取ったのか、田代さんも四葉さんも顔を見合わせて困り繭で苦笑する。



「そうだね、僕もちょこーっと、海沢くんの意見に賛成からな。大人と子供が付き合うって結構難しいし、君は学業を大切にしなきゃいけないだろ? 話を聞けば、高校二年生じゃないか。来年の受験のこともあるし」

「それでも……私は、四葉さんが優しいなって一目ぼれしたんです。まだ、四葉さんのこと知らないことばっかりだけど、これから知っていきたいと思いました……なんて、こんな理由が通らないのもわかります。でも、私は」



 私はそこで言葉を区切った。まだ、出会って二日目の人に話す内容ではない気がしたからだ。同情してほしいわけでも、わかってほしいわけでもなかった。それでも、話そうかなと思える関係にはなりたいと思う。

 そう、決意をあらわにし四葉さんを見れば、四葉さんの目には私を守らなければみたいな、そんな色が見え隠れしていた。一人の女性ではなく、泣いている子供を笑わせたい、そんな純粋な気持ちが伝わってきた。



「分かった、幸。別れるって言わない」

「ほんと?」

「だって、幸は本気なんだろ? じゃあ、僕もそれにこたえないと。ごめんね、幸の話を聞いてあげなくて」



と、四葉さんは言うと私の頭をやさしくなでた。それがくすぐったくて、暖かくて、その手にすべてをゆだねてしまう。歯と歯の間に挟まったオレンジの皮がポロリと抜け、私はそれを飲み込んだ。


 四葉さんは、もう大丈夫? と丁寧に聞いてくれて、私は無言で頷いた。



「じゃ、じゃあ、四葉さん。私とデートしてくれる?」

「た、立ち直りが早いんだね……え、えっと、デート?」

「デート。恋人になったんだから、デート行くでしょ」

「そういうものかなあ」



 あはは……と四葉さんは苦笑いしていて、本当に慣れていないんだなあと思った。そういうところは可愛いと思うし、母性がくすぐられる。四葉さんは一九歳というから、私と二歳離れているということになる。大人、と言っても、私が一六だったときに四葉さんは一八だったわけだから、もしかしたら高校で出会っていたかもしれない。その時には、私も違う恋人がいたから、会っていても惹かれなかったかもしれないけれど、こうして出会えたのは運命だと思う。幸せな。

 四葉さんは、数回頬をかいた後まだ接客中だった。と思い出し、田代店長の方を見た。田代店長は私と四葉さんの誤解が溶けたことを祝福しているようで、「よかったじゃないか」とつぶやいていた。



「そうだ、四葉さん。連絡先教えてください! 後、私の連絡先登録しください!」

「あ、うん。分かった、分かったから。落ち着いて……本当は迷ってたから、登録しなかったんだけど、付き合うって決めたからそうだよね」



と、田代店長に断りを入れてからスマホを出した四葉さん。緑色のケースは、名前の四葉を連想させる若々しい緑色だった。私は、黄色のケースにプリクラが挟んであるスマホを取り出して、四葉さんと連絡先を交換する。



「へへ……嬉しい」

「それはよかった。じゃあ、これからよろしくね、幸」

「あっ、はい! うん、よろしく、四葉さん」



 まさかあっちから言われると思っていなかった為、声が上ずってしまった。そんな私をおかしいと四葉さんは笑っていた。そんな風に笑う人なんだと、また一つ四葉さんを知れた気がして、私は満足だった。

 そして、土曜日にデートの約束を取り付けて、私は帰路につく。



「ただいま、あのね、あのね」



と、誰もいない家の中で、私は新しい恋人が出来たんだよって、一人はしゃいでいた。すると、ガチャリと玄関が開く音がし、私はぴたりと動きを止める。



「お母さん……」



 リビングを通り過ぎていった影は、間違いなくいつも家に帰ってこないお母さんだった。



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