04 素敵な人



 カランコロンと鳴る古びたベル。路地裏にひっそりと立っていたカフェは、周りのコンクリートの壁のつめたとは違って、店内は明るく優しい空気で満たされていた。こういう静かなカフェに来るのは初めてで、いつも流行を追って人気のお店に行くものだから長い時には一時間、二時間待ちで店内は女子高校生で溢れていたなんて事もある。それと比べて、私達以外のお客さんが誰もいないこのカフェは何だか寂しく感じられた。

 私がカフェの店内の感想を言えば、葵と優はそうでしょ。と返してくれた。でも、実際いったことはないと優が発言したことで、私は思わず「実際いったわけじゃなかったの?」

とツッコミを入れてしまった。

 そんな風に三人で話していると、奥の方から店員さんと思しき人が歩いてきて、にこりと私達に笑顔を向けた。



「いらっしゃいませ。三名様ですか」

「は、はい。三名です!」



 自分にだけ笑顔を向けられたのかと思い一瞬挙動不審になってしまった。目の前の店員お兄さんはにこりと笑って私たちを案内する。黒々とした少し長い前髪に、きりりと切りそろえられた眉毛は、カッコいいというよりか優しい印象を受けた。靴も少し汚れたスニーカーだったが、そこがまたいい。これまで、自分と同年齢か、それか同じ学校に通っている人としか付き合ってこなかったため、こういう大人って感じの人にしゃべりかけられるのが初めてだったというのもある。髪の毛の色がいいなと思ったのは、私は茶髪かかった黒髪だからだ。染めているのか、なんて身だしなみチェックの日には先生たちに言われて頭が痛くなる。

 私たちは案内されながら、一番奥の席に座りメニュー表を開いた。メニューは全部手書きで、絵で表現されており、いまいちピンとこなかったが、絵がうまいというのだけは伝わってきた。



(うーん、どれも微妙かなあ……)



 なんて、値踏みしながら、いつものキラキラとしたカフェは、メニューからそのキラキラ度が伝わってきて、おもちゃ箱のようにドキドキさせられる。個人で経営しているカフェだからか、そういう雰囲気づくりかは分からなかったけど、お金がかかっていない、という感じだった。

 そんな私の心中を察してか、葵がこそりと耳打ちする。



「幸、今アンタ失礼なこと思ったでしょ」

「思ってない、思ってない。気のせいだって」



 ほんと? と疑いの目を掛けられながらも、私は肯定の意味で首を縦に振った。葵は納得できないという感じだったけど、私から離れて、メニューに目を落とした。葵はさばさばしているけど、ああやって鋭いところもあるから、若干苦手でもある。いいところなんだろうけど、見透かされるのはなんだか腹が立つ。

 長いこと付き合ってきたからこそわかる、癖というか、苦手だけど一緒にいるっていうのが普通になっていて、気になるけど気にしないようにしていた。



「頼むもの決まった?」



と、優が私に声をかけてきた為、今考えていたことを振り払ってうん、と頷く。注文は私がしたいからと身を乗り出せば、二人ともまたかぁ、みたいなあきれ顔を披露した。



「店員さんすみませーん」



 ボタンがないため、声を出すしかなかった。思春期はまだ終わっていないと自分の中で思っているため、こうやって公共の場で声を出すのは恥ずかしい。そんな思いでいると、店員さんがパタパタと靴を鳴らしてやってきた。先ほどの黒髪がきれいな店員さんだ。



「ご注文はおきまりでしょうか」



 にこりと、先ほどの笑顔を浮かべ、メモを取るためにペンを持ったその姿も様になっているように思った。ちょっと頼りなさそうだけど、優しい大人の男性という感じがして、とても好印象だ。

 店員を呼びつけたはいいが、そういえばまだ何を食べるか決まっていなかったと、あたふたしていると、葵と優は自分たちの飲み物を注文し、こちらを見た。



「幸は、飲み物どうするんだっけ?」

「私は、オレンジジュース!」

「うわー子供―」



と、葵は馬鹿にするように言った。コーヒーが飲めれば大人なのか、紅茶が飲めれば大人なのか、今ここで議論したいと思った。でも、この店員さんの前でそんなことを大きくしたくないなと、いい子だとアピールするために、頬を膨らませるだけで済ませる。



「コーヒー飲めないもん」



 子供舌と言われても仕方がないと思ってはいるけれど、やっぱり言えずにはいられなかった。すると、そこまで黙っていた店員さんが口を開いた。



「当店のシフォンケーキには、コーヒーも合いますが、紅茶も合うんですよ。いかがですか?」



 あっ、と咄嗟に口を閉じた店員さんは私たちの様子をじっと見つめていた。きっと店員がこんなことを口にするのは……とか思っているに違いない。でも、店員としてお勧めするのはいいことだと思うし、正解だと思う。しかし、店員さんがあっ、と口を閉じたのは、私がコーヒーと紅茶を飲めないのに進めてしまったという罪悪感から来たものだろう。



(何それ優しすぎるんですけど!?)



 そこまで気を利かせることのできる優しさや、気配りの良さに私は感動した。自分がついさっきフラれたことなんて忘れて立ち上がり、勢いのまま店員さんの手をつかむ。



「お兄さん、格好いいです。私と付合って下さい」



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