第2話 帰路に寄り道、コンビニ2軒をはしごする

 公園から出て、県道沿いの緩やかな下り坂を15分かけて下り、駅の改札口に続くエスカレーターを上る。駅に着くまでの間、ピートと私は特に会話をしなかった。というか、させてくれなかった。さっき知り合ったばかりの宇宙人との無言の空間はどうにも気まずいので、何か適当に話でも振ってみようかと口を開くと、「しーっ、君以外には僕の正体を知られたくない」と口を封じられてしまったのだ。


 退屈だったので、私はピートについて考える。

 

 恐らく彼女は家出少女なのだろう。しかし正直に言えば警察に連れて行かれるか、家に帰れと説得される。そう考えて宇宙人だなんて名乗っているのだろう。


 ……まあ、もしそうだとしたら荷物は少なすぎるし、どう見ても他人で、しかも学生である私に話しかけるはずはないのだけれど。


 そういうわけで、地球外生命体から放たれているのであろう無言のプレッシャーに内臓を縮ませながら考えをまとめ、上昇しきったエスカレーターを降りる。視界の隅に改札が映ると、ほぼ無意識の習慣として通学カバンから定期券を取り出した。


「あっ、そういえば……」


 斜め後ろに続いているピートに振り返って話しかけた。キッとにらまれたが、私は無視して続けた。


「切符買う? 私は定期があるんやけど」


「ああ、そのことなら心配はいらない」ピートは重たそうな白いマウンテンパーカーのポケットをあさり、見覚えのあるような濃紺色の革の長方形を取り出した。「マナカを支給されている。既に2万円のチャージ済みだ」


 私は心の中で言った。2万円は確かマナカのチャージ上限だ。さすがはエージェント、抜かりない。でも、地球の日本でだけ使える交通系ICを一体どこで手に入れたのだろう、まさか模倣したのだろうか? あり得る話だ。本当に地球にまで来られるほどの技術を持った宇宙人ならね。


 定期をかざしてゲートの内側に入り、階段を下りてホームに到着した。吹き抜ける夜風が少し強くて思わず身震いする。中央に設置されたダイヤやクリーム色の座席の向こうには緑、白、青のトリコロールの誘惑が。


 常にスイーツを欲している女子高校生はその誘惑にあらがえない。一応モバイルで電車が到着するまで10分程度の猶予があることを確認して、吸い込まれるように白い光を放っている大きな箱の中へと入っていく。


「コンビニか」静かについてきていたピートは言った。


「そうやよ、何かいる?」


「いらない。でも文明や消費活動も調査項目だからね、いろいろ見せてもらうよ。それに、資料は読んだが実物を見るのは初めてだから興味がある」


 壁際三方と店の中央に1つの棚があるだけの狭い店内に隅々まで視線を走らせるピートを放っておき、私はスイーツコーナーに立ち止まった。


 選択肢は多くない。プリン、ゼリー、カップ入りティラミス。少しプリンと迷ってからティラミスを手に取った。私はここ4日間同じような行動を繰り返していた。もはや一種の習慣だ。


 レジで会計を済ませ、雑誌の表紙を興味深そうに見比べているピートを呼んでホームに戻った。


 しまった、晩御飯もここで買っておけばよかった。


 しかし遅かった。アナウンスが鳴り、えんじ色の急行列車が滑り込んできた。


 * * *


 午後6時54分発の列車は、座れる座席は一つも空いていなかったがそれほど混雑していない。


 席が空いていようといまいと、私が住んでいるアパートの最寄り駅までは1駅だ。乗降口の側に陣取って足と足の間に鞄を下ろした。


 ピートはコンビニにいた時と同じようにきょろきょろしている。


「電車も初めてなん?」


「何もかもが初めてだ」ピートは距離を詰めて声を潜めた。「君と公園近くの通りで会ったのは、初めて地球の地を踏んでわずか5分後のことだったんだよ」


「なるほど」


 ベルが鳴り、扉が閉まった。列車は名古屋方面にゆっくりと加速していく。


 * * *


 2分の間ゆらゆら揺られて、目的の駅に到着した。


 高校の最寄駅とはずいぶん違って、とても簡易的な改札を抜ける。


 ありがたいことに、この駅前にもコンビニがある。コンビニのはしごは少し疲れるから冷蔵庫のありもので済ませようかとも考えたが、おでんののぼりが見えてしまった。


「さっきのところより大きい」


「ここは駅のホームと違うからね」


 ピートには雑誌コーナーからうろつかないように頼み、私はレジにまっすぐ向かっておでんを頼んだ。全種類を2つずつと味噌だれ。優しい出汁の匂いが食欲を煽った。早く食べたい。


「ピート、行くに」


 声をかけると、ピートは立ち読みしていた雑誌をラックに戻して、小走りで私の隣に来た。不覚にも、仔犬みたいでかわいいと思ってしまった。


「家はすぐそこやからね」


 コンビニを出てすぐ左に曲がり、線路に沿って薄暗い道を歩く。私の住んでいるアパートは、コンビニとは細道を一つ挟んだところに建っている。駅にもコンビニにも近いが、線路にも近いせいでかなり家賃が安いのだ。


 アパートの階段を上り、線路に一番近い部屋の前に立ち止まり、鞄から取り出した鍵でドアを開けた。


「ようこそ我が家へ、ピート」

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