探偵擬きと相談室

神振大豆

青年と日常

 架空の世界で探偵とは、謎を解き真実を見つけるものである。現実がそうでないとしても、その姿に憧れるのは仕方のないことだ。子供のような趣味だと笑われても、その憧れは止められない。

 それがたとえ薬物中毒で、作者が望んで書いたものでなかったとしても。それに憧れてしまえば盲目になる。

 創作の探偵に憧れる中二病をこじらせた男としてはあまりよろしくないのだが。致し方ない。僕は探偵でも小説家でもないのだから。何せ、


「おい異土宮イドミヤ!何ボーっとしてんだ働け!」

「アッハイ!すみません!」


 別に混んでもいないが、なんだか妙に忙しいバイト先で喝を飛ばされてるだけの専門学生である。ああ、おなかがすいた。早く賄を食べて家に帰り小説を読みふけりたいものである。労働なんて金さえあればやりたくないのだから。さて、面倒だが働くか。今日の賄はがっつりしたものがいいなぁ。


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「お疲れイドちゃん。今日も結構言われてたね?」

「しょうがない、ボーっとしてたのは俺。」


 仕事終わりに同僚が話しかけてくるのも一年も経てば慣れ、仲良くなってきた。あえて敵を作る必要もなし、たとえ人との交流が苦手な部類の人間でもこういう場合にはやる方が得なのである。別に極端に苦手なわけではないのだが。

「そう言えるなら治せばいいのに。」

「癖でね。無敵の碇河イカリガワ先生みたいに要領よくないんだよ。」

「褒めてる?煽ってる?」

「半々に決まってんだろ。」


 特に何か中身があるわけでもない会話。だがなんとなくここに居続けてしまう会話。なるほどこれが青春……意外と身近にあるものだな。など頭の中が疲労でバカになりながらも話を続ける。そんな時だった。

「あ、そういやイドちゃんって文学科だったっけ。」

「何急に。そうだけど。」

「文学科の木下君が行方不明になったって本当?」

「あ~……どうだったっけ。」


 そう言われ今日の大学での様子を思い出す。確かに今日は、やたらといつも騒がしいグループが変に騒がしかった。何時も五月蠅いとはいえこのは異常だなと聞き耳を立ててみれば「たっくんがいなくなった~!」だの「あそこやべえぜ!」だの聞こえていた気がする。あれ行方不明だったのか。

「誰かまでは判んないけど確かに騒がしかった気ぃするな。何、知り合い?」

「あんね、友達の彼氏」

「ほぼ関係ねえじゃねえか」

「関係大有りだけど???よく飲むもん。」

「じゃあ友達でいいだろ。」

「友達にはなりたくないタイプなんだよ。」

「なんでそんな奴と飲んでるんだお前。」

「ノリと勢いに飲まれる生き物だから我ら。」

「意味が分からんな……」


 こうも思考が同じ生き物で違うものだろうか。まあ、狙ってた本が目の前にあれば多少来月死にかけても買ってしまうのとあまり変わらないのかもしれない。

「そういや、その、だれだっけ。」

「木下君?」

「あ、それ。そいつなんでいなくなったのかわかってんの?」

「なんかホラースポット行って消えたらしい。」

「非科学的~。」

「廃墟らしいし、案外犯罪の温床だったのかもね。」

「警察は?行方不明なら……いや、若い成人男性なら優先度は低めか。」

「それに今は追っかけるので忙しいらしいよ。」

「理解。そういやそうだ。今忙しいもんなぁ。」


 殺人鬼、こうも物騒な話が出回ってる以上我が生家のある町は治安が悪いのだろう。最近噂の連続殺人鬼、その手口は不明だがすべての死体が凄惨な状況である。それ以外は何もわかんないってのがまた怖い。警察は熊が下りてきてるとしているが、にしては対応が遅い。なので尾ひれがついて噂や憶測が飛び交っているのである。

「でさ、イドちゃんに提案なんだけど。その廃墟行ってみない?」

「何言ってんだお前。あぶねえだろそれ。犯罪の温床になってるかもて自分で言ってたんだけど記憶ある?」

「でもめっちゃ行きたいでしょ。僕は行きたいよ。いい絵の素材になりそう。」

「正直めっちゃ行きたい。資料になりそう。行くしかねえか。」

「そう来なくっちゃ。意外と話すとノリいいよねイドちゃん。」

「面白そうなら行く。そんなもんだろ。」


 好奇心は猫をも殺すかもしれないが、それを補って余りある夢がある。その好奇心に身をゆだねて馬鹿をやるのが若人の務めだと祖父も言っていたことにした。ありがとうじいちゃん。俺は勇気をこの言葉にもらったよ。

「んじゃささっと帰って日程決めよう。イドちゃんまたあとで!」

「いや今表出るのよくない。多分クレーマーいる。」

「え、マジ?あっぶな。あの人シフト交代の時間狙ってくるからタチ悪いよな。」

「まあ社会のゴミに近い何かではあるな。」

「しっかしマジで耳いいよな。なんだっけ。共感覚?色で聞こえるんだっけ?」

「そんな大層なもんじゃない。人の声が感情が色になって聞こえる気がするだけ。」

「まあちょっとわかるな。俺もたまに色で見える気がする。聞こえはしないけど。」

「似たようなもんだろうよ。『赤色の音が聞こえる』なんて言えないっての。」

「自慢すりゃいいのに。」

「中二病もいいとこだろ。聞かれて答えるのも面倒なのに。」

「そんなもん?」

「そんなもん。」


 そうこう言いながらこっそり裏口から出る。今日の賄はからあげ丼だったので機嫌よく家に帰れそうだ。


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 そうして数日が立った夜更け。僕たちは件の廃墟に来ていた。

「うっわ、結構マジもんで廃墟だねイドちゃん。」

「雰囲気は抜群だな。写真とっとこ。」

「あ、俺一眼持ってきた。とっとくね。」

「あとからデータくれ。しっかしお互い結構な重装備になってんな……」

「まあ、犯罪の温床の可能性だってあるんだし。備えあればなんとやらだしね!」

「だからといってバール持ってくるのは軽犯罪だぞ。」

「君も大概でしょ。何作るつもりそのお酒。」

「まあ、役立つし。最悪やばそうだったら差し入れで持ってきたことにしよう。」

「馬鹿なの?」

「じゃなきゃこんなとこ来ちゃいねえんだよなぁ。」


 明らかな廃墟。中からはもう黒いオーラが漂ってる気さえする。悪寒もすごいがどうしても中に入ってみたくなる魔性の魅力がそこにはあった。この中には何か、すごいインパクトのある何かがあると、そう思えてならないそんな魅力が。

「……思ってたより、ワクワクしてるのかもな僕。」

「すっごい悪い笑顔してるよイドちゃん。ラスボスに殺される右腕みたいな顔。」

「あまりにも失礼。ちょっとわかりやすいのが腹立つ。」

「ま、とりあえず入ろうよ。早めに資料撮影して帰ろ。」

「まあ、早いとこ退散はしたいしな。行こう。」


 僕はこの選択をしなければ、非日常を得ることはできなかった。だが、今でもふと考える。あの時、僕がここに足を踏み入れなければ緩やかで穏やかな日常で終わったのではないか、と。それは多分正しいし、僕らは好奇心で失ったものは多かったと不本意ながら胸を張って言えるだろう。


 僕の日常が崩れるまで、あと少し。

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