欠落令嬢 8




 そしてその力は今は誰にも必要とされない、無意味なものだ。それでも、母の形見のガラスケースをそのまま、ほこりをかぶった置物にするには忍びなくて、小さく魔力を込めた。


 暗い寝室の中、ランプと細々とした灯りと、小さな光の粒になったフィーネの魔力だけが、光源となって辺りを照らした。


 箱の中に入った、美しい魔力は形を変えて色を変えて、キラキラと輝く。


 調和師には特定の精霊が付いてくれないので魔法を使うことができない。


 魔力さえあれば、大抵は簡単な魔法ぐらいは使えるというのに、それすらできないのだ。しかし、この血筋でなければと呪う事だけはせずに、いつかきっとこう生まれついてよかったと思えますようにと祈りを込めた。


「!」


 フィーネが込めた魔力が、ガラスケースの中で強い光へと変わる。


 母が祈りをささげた時にはこんなことは起こらなかった。込めた魔力の光はゆっくりと小さくなっていって消えるだけだった。異様な反応に、フィーネは硬直したまま光の中をじっと覗き込んだ。


 目を開けてられないほどの光ではない。のぞき込んで何かが見えるとは思わなかったが、それでも祈ることをやめずにどこか不思議な気持ちで、ガラスケースを持ち上げる。


「……あ」


 ふいに光の中に光景が見えた。そしてフラッシュバックのように記憶が次々と流れ込んでくる。


「っつ!」


 思わず瞳を強く閉じるも、瞼を透過して記憶のかけらは次々とフィーネの中に入ってきた。それらはどれも、重たく、苦しく、陰鬱な、とてもじゃないが、一瞬のうちに抱えきれるような記憶ではなかった。


 しかし、フィーネはそれを何故だかすんなりと受け取ることができた。それはまるで夢の出来事を思い出したかのような、確かにそんなことがあったと納得できるような、記憶だった。


 キラキラと光る魔力が落ち着いていけば、記憶の濁流も収まり、最後のひと時の記憶となった。


 見知らぬ女性の声、そしてフィーネが望んだこと。その死にざまに、消える魔力の光と同時に、一筋の涙がフィーネの頬を伝った。


 自分自身の死にざまだというのに、まだ若い女性の死という物はどうにも哀れで、そして寂しげで、可哀想に思ってしまったのだった。


「……奇跡でも起きたっていうの?」


 そうとしか思えない、確実に起こった未来への予見だった。そんなことは常識的にありえないと先程までだったら確実に思っていたはずなのに、体感してみれば信じられないということは無かった。


 驚きただ、理解できずにいるのではなく、何故こんなことが起きたのかという、気持ちの方が先に来た。


 そんなことはおかしいと思いながらも、まったくパニックに陥っていない自分自身がどこか異様にまで思えてきて、その光の中から降り注いだ、記憶を疑った。


 まるで最初から知っていたかのように理解ができる。フィーネ自身の未来の記憶。


 でも、そうなると少しつじつまが合わないような気がした。だって、フィーネが最後に望んだのはやり直したいという事である。そうであるなら、超次元的な力でその記憶のまま時間を巻き戻せばいい。


 しかし、それをせずに、今のフィーネに記憶を与えただけではやり直したということにならない。それか、あのロイマーの提言の中に出てきた、たとえ話のように、今までの自分は記憶を与えられてついさっき光を浴びた時から、存在したやり直す前のフィーネだとでも言うのだろうか。


 そうでもなければ膨大な時間の記憶を一瞬で理解して覚えることなど可能だ。であれば、それまでのフィーネは、偽物?本物?


 そこまで考えてから、否、物事の本質はそれではない、と自分の思考を否定した。


「つまりは、問題は、そう。……えっと……」


 ……えっと。


 そこでようやく落ち着いて、その記憶の内容の方を考えることができた。


 だがしかし、考えようとしても理性が完全に拒否していて、明確に言葉にすることも思考することもできない。とても重大な事実で、フィーネ……同じフィーネと考えるのは厄介なので、やり直し前の事を”前のフィーネ”と考えるとして、そんなことはどうでもよく、とにかく前のフィーネは、やり直しを望んだ。


 つまりは、回避すべき事項があるとして、それは前のフィーネにとっても、今のフィーネにとっても、命にかかわる重大なことなのだ。


「……」


 落ちてきた髪を耳にかけて、ふっ、と小さく、息を吐いた。


 しかし、その事実は受け止め難く、とてもじゃないが考える気にならないようなものだった。


 そう思うということは、やはりフィーネはフィーネであり、それを理解して、どうしてもやり直したいと望んだ前のフィーネではないということが、言えると思う。


 違うのだ。それはさして重要じゃない。


 前があったのだとして、その記憶を引き継いでいたのだとしても、今ここにいる自分が考えてここにいるということがまぎれもない事実であり、考えている自分がいるという事だけが確かなのだ。



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