神読みのマーヤ

東城夜月

第一話

 満月の光が降り注ぐ山の中で、せわしなく動き回る影があった。

「結界は無事に完成しました」

 まだ若い男が居ずまいを正して、初老の女に報告する。

「よろしい。焼却する物はこれで全てか?」

 初老の女は目の前に堆く積まれた書物や、紙の束を見つめる。その瞳は、獲物の動きを追う猛禽類のように厳しかった。

「外の世界に関する記録は全て焼却しなければならない。メモ一枚すら残すな。それがあの子の……マーヤの幸せに、引いてはこれから生まれてくる者達の幸せになる」

「全ての家を捜索しました! これが最後の本です!」

 男達が箱一杯に本を詰め、額に汗して運んでくる。それがどさりと、乱暴に書物の山に投げ出された。

「火を」

 初老の女は、若い男に短く告げた。男は頷き、書物の山に油を撒き、火を点けた。瞬く間に、黒煙を吹き上げる炎の塊ができあがった。

「村の者全員に伝えておけ。レオンとミアの事は、これから先、決して口にしてはならない。マーヤに知られるなど、以ての外である、と」

 その場にいつ男達にそう告げて、初老の女は炎をじっと見つめていた。


 知りたいことを教えてくれる妖精がいるんだって。

 いつからか、村の子供達の間にそんな噂が流れるようになった。

「妖精? どこにいるの?」

「それがね、儀式をすれば来てくれるんだって」

 日が傾きかけ、茜色に染まった山の中。首を傾げたマーヤに、噂を持ちかけてきた少女、ユイは得意げに言った。

「でも、その儀式は大人達に見られちゃいけないの。子供達だけで、こっそりやらないとダメ」

 彼女はわざとらしく声を潜める。

「ねえ、マーヤもやらない? 妖精の儀式」

「でも、どこでやるの? 村じゃすぐに大人達に見つかっちゃうよ」

「だから、夜にこっそり山の中に抜け出すの」

「そんなの危ないよ。熊とかに襲われちゃう」

「火を焚いてれば大丈夫だよ。そんな奥まで行くわけじゃないし。もうテティとキスカも来るって決まってるよ」

 テティもキスカも、同じく村に住む少女達だ。

「マーヤだって、知りたいんでしょ? パパとママのこと」

「それは……」

 マーヤは口ごもった。

 この村の中で、マーヤにだけ両親がいない。物心ついた時からそうで、マーヤは村の大人達に共同で育てられた。

 勿論、それを疑問に思わなかったわけではない。何度か大人達に聞いたこともあった。

「どうしてわたしには、お父さんとお母さんがいないの?」

 それを聞く度に、大人達は悲しそうな顔をしたり、眉を顰めたりして、どうしてだろうね、というばかりだった。

 長老だってそうだ。村の長老は、普段はとても優しいけれど、マーヤがその疑問を口にした時だけは違った。

「お前は山の子なんだ。だから、お前に両親なんかいないんだよ」

 目を吊り上げて、ぴしゃりと撥ね付けるように言われて以来、マーヤはその疑問を口にするのをやめた。だが、彼等の「聞いてはいけない」と思わせる態度は、疑問を大きくするばかりだった。

「マーヤ、帰るぞ!」

 藪の向こうから少年の声がする。アインが狩りを終えて帰ってきたのだ。

「やっば、アインに見つかったらどやされちゃう。あたし、今日は釣り当番ってことになってるから」

 ユイは慌てて立ち上がる。

「儀式は今日の夜。皆が寝静まった頃に南の入り口に集合ね」

 そう言って、彼女は勢いよく走り出し、瞬く間に藪の向こうに姿を消してしまった。村へ戻ったのだろう。それを確認して、マーヤは声を上げる。

「アイン、こっちだよ!」

 マーヤの声がする方向を正確に聞き分けたのだろう。アインが山の中から現れる。背中には見慣れた長銃と、マーヤの背丈ほどもある鹿を背負っていた。

「今日は大きいのが獲れたんだね。やっぱりアインはすごいや」

「凄くねえよ。本当は親鹿の方を仕留めたかったんだが、しくじった」

 子鹿でこれだけ大きければ、親鹿の方はとんでもない大物だったのだろう。

 アインは村の子供達のまとめ役のような存在だ。マーヤより五歳ほど年上で、もうすぐ大人と呼ばれる歳になる。

 その役割からか、みなしごであるマーヤの側にはアインがいるのが日常だった。

 マーヤも木の実が入った籠を抱え、アインの隣に立って歩き出す。これがいつもの風景であった。

「……お前、今日なにかあったか?」

「えっ」

 突然アインにそう聞かれて、マーヤは裏返った声を上げてしまった。

「なんにもないよ、どうして?」

「なんか上の空って言うか、いつも以上にぼけっとしてるからさ」

「いつもぼけっとなんかしてないもん!」

 子供達のまとめ役という役割上、彼が夜中に村を抜け出すなんてことを許すはずがない。バレたら全員並べられてお説教だ。なんとか誤魔化せたようで、マーヤは内心胸を撫で下ろした。

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