第8話

「薬剤師ですか?」


 新しく出てきたキーワードを、レレムは聞き返す。


 その薬剤師に依頼した、ということだろうか。


 足が悪い、と執事が言っていたけれど、どんな状況なのだろう? そういった話をカルロスから聞いたことは、覚えている限りでは一度もない。


 それに……もう一つ、疑問がある。地元の薬剤師なら自分で材料を集めるのが自然なのに、どうして顧客に材料調達を頼んでいるのか?


 目の前に、埋まっていないパズルがあると、気になってしまう性格をしていると、レレムは自覚していた。


 だからそのピースを埋めるために、まずはピースの形を予測し始める。


「エライザっていう、女性なんだけど、有名で実績があるらしいんだよ。変身薬っていうのを売り出していて……」

「へん……しん?」


 思いもよらない単語に戸惑っていると、カルロスは胡散臭く思われていると受け取ったのか、慌てて補足した。


「いや、まあ冗談でっていうか、宣伝で名前をつけているだけで、そういうのじゃないって。飲むとすごい元気になるんだってそうなんだけど——いや、まともなのもたくさんあるよ。喘息の病気が治ったとか、何かの皮膚病も治ったとか、老舗の店を継いでから、この3年くらいは特に、らしい」

「そうなんですか」


 一度受け止める姿勢を見せてから、レレムは「変身薬」という単語を頭に入れ直した。

 ……飲むと元気になる、というのは、どういう成分が入って作用しているのだろう。枝葉末節な情報だとは思いながらも、気になり始める。


「でもなんか怪しいよな」


 カルロスは偏見丸出しで告げる。さっきまで信用していたはずなのに、こんなに簡単に意見が変わっていいのだろうかと、レレムは苦笑いした。


「……それから、どうして客に材料を頼むのかも、気になりますね」


 レレムの疑問に、カルロスもハッとした表情を浮かべた。


「本当だな」


と今にも怒り始めそうな雰囲気で言った。エライザという人物と話した時に、何かあったのだろうか。次に出てきた発言を、レレムは少し意外に思った。


「ダーネスは敵国だから愚弄してんのか」

「そんなに愛国主義者なんですか? その方は」

「いいや? 一度も聞いたことない」


 確かに、ダーネス王国とガンドレッドは3年前に戦争していた。今は休戦しているけれども、お世辞にも仲が良い関係にあるとは言えない。


 でも、国同士の争い、もっと言ってしまうならば、国王同士の壮大な喧嘩に巻き込まれるのは……正直、いい迷惑だ。


 勝手に名乗りをあげて、年月によって権威を手にした人間が、お互いの手放せないエゴと利害を守るために戦っているだけ。そこに伝統だの誇りだの、集団幻想を抱いてプライドが形成され、排他的になる。


 国家は国王のものだと言っている人間に、ついていく人の気が知れない。


 ……話がそれてきた。


「まあ、でも分かりませんよ。微毒は薬になるかもしれませんからね」


 こんな気持ちで話を掘り下げても嫌な気分になるだけだと思って、レレムは話題を元に戻そうとする。


 するとカルロスは、


「なあ、お前、言い負かしてこいよ。このままじゃ騙されたままだ」


と真面目な顔で言ってきた。予想外の依頼に、レレムはどう答えたらいいのか、わからなくなる。


「ええ……と、私、薬に関しては知識だけですよ」


 特に、毒と言われる扱いの難しい植物は。


「なんだ、やったことないのか」

「やったことあったら犯罪者になるんですが」

「実証精神が足りていないなあ?」

「狂気と履き違えていないでしょうか……」


 思わず言い返していると、カルロスはすくっと背筋を伸ばした。


「よし、やっぱり一緒に行こう」

「どうしてそうなるんですか……」


 乗り気じゃないレレムを見て、何か交渉材料を考えたらしい。


「寝床は用意できてるのか?」


と、なかなか鋭い質問をしてきた。


「……来たばかりですので、まだ」


 こうなるのだったら、先に宿を取っておくべきだった、と思ったが、せっかくこの町に初めてきたなら、いろいろ見て周りたい気持ちの方が勝った。


 レレムの答えに、案の定カルロスはニンマリと笑って、


「よし、じゃあうちに泊まれ、飯も奢りだな」

「家をお持ちなんですか?」

「いや、知り合いの所に泊まっている」

「ああ……」


 人の家なのに、許可なく勝手に泊まらせていいのか、とすごく言いたくなった。でも、繁盛期じゃないなら、部屋数は空いているだろうし、交渉は言い出した彼がどうにかするだろう。


 下手な宿に泊まるよりは、安全だと思った。


「……お願いしてもいいですか」

「よしきた」


と、ガッツポーズをとる。その姿に、やっぱり子供っぽいなあと、顔に出さないもののレレムは思った。


「一宿一飯の労働ですね」


と呟く。


「ん? 今なんて言った?」

「衣食住を握られたら、人生を握られるのも一緒ですよ、ということです……楽しみですね」

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