第8話 ダンジョンとリリの謎?

「朝から気遣いでなんも訊かないでくれてありがと。ジロウくん優しいよね」

 ダンジョンの言葉からわたわたして動揺を隠せないリリが重い口を開けた。


「いやいや」姐さんの仕込みまで意識させる状況の変化はきっと理由がある。

 さすがにお見合いババアみたいな連想はないが偶然を装う演出的な茶番劇。


 真面目に休まずバーテンダーをやっても一夜の恋しかできないクズ野郎だ。

リリに勘違いされようとも優しくないオレは生きる資格がないと自覚はある。


『男はタフでないと生きていけない。優しくないと生きるための資格がない』

 レイモンド・チャンドラーが生んだ探偵フィリップ・マーローの名台詞だ。



「おバカで状況わかんないから詳しく話せない。それでも聴いてほしいんだ。

リリがいた前の世界あっちの日本は自由がない……認められない国だったの」

 三角座りの状態で羽織る布団を鬱陶しそうに放り投げてから視線を向ける。


 なるほど腑に落ちたのはリリの実年より幼すぎるガリガリに痩せた外見だ。

ミナミで顔を見た瞬間どの貧困国から逃げた難民だとツッコみの寸前だった。


「こっちに跳んできてわけわかんないんだもん……あっちの大阪じゃないし。

いきなり目の前がつぶれた酒屋……おバカ三人組に絡まれてビックリしたよ」


 あぁ大阪市中央区三津寺は……ナンバと心斎橋の境界で宗右衛門に筋違い。



 深紅の瞳が瞬くと眠たく見えるのは疲れじゃなく少女の葛藤かもしれない。

違う歴史を歩んだらしいリリがいた日本は敗戦から三分割された平行世界だ。


 あれのタイトルは境界戦……だったかな。シリーズ続編があるロボット物。

かなり酷似した環境で大戦に敗れた日本は分割統治されて国境線が生まれる。


 樺太北海道は日本帝国。本州四国が日本統一連合。九州沖縄の日本共和国。


 ロシア連邦が帝国を実効支配する自由主義アメリカは統一連合の権益者だ。

中国台湾から朝鮮半島に九州沖縄まで傘下にした欧州連合は列強国に変わる。


 大英帝国の力が衰えない世界で中国香港からインドスリランカまで植民地。

赤い社会主義ロシア。青いアメリカ自由主義。黄色のアジア・ユーロ連合だ。



 赤青黄の三原色がバランスよく地図に配置されてから争いは絶えたらしい。

もちろん陣営ごとに文化や科学技術で進捗の差は広がり完全なる冷戦状態だ。


 こちらの世界では中東ロシア地域の紛争は絶えず毎日のように被害がでる。

良し悪しや正義のありかは別にしてどちらを許せるか賛否両論かもしれない。


「わたしは幸せに暮らしたいだけよ。大それた夢や願いがあるわけじゃない」

 手のひらをこぶし固めの状態で大地に祈りを捧げるように下を向くリリだ。


 リリが求めるような幸せな結末を手にするためオレが手伝えることはなに?


「ふーん最低限の情報でもわかった気がする。人間なら当たり前の願いだよ。

目的はダンジョン入りだよね。頼めば広島や博多にツテがないわけでもない」



 通常なら自衛隊傘下であるダンジョンに個人が侵入する許可は得られない。

それでも複数のルートをたどれば臨時に立ち入り許可を得るぐらいはできる。


 そもそもリリと遭遇した三津寺なら靭公園までほんの数十分の距離だった。

先輩からのまた聞きだけど靭公園テニスコートが始まりのダンジョンなんだ。


「ジロウくんお願いです。広島か博多のダンジョン……リリを連れてってよ。

期限は七日……ダンジョンの先。前の世界に還れたらリリは幸せに暮らせる」


 別の世界でも大阪だ。ヤバい街の住人たち……あえて避けたかもしれない。


「すぐに動くけど……自衛隊は国防組織。確認だけで数日かかっちゃうよ?」

 姐さん……いやリュウジさんから佳二くんの直ルートなら時短できるよな。



 赤門に在籍したのは三年前期までだけどお世話になった先輩が当時は院生。

医学部で臨床に興味ないらしく研究一筋で稼ぐ手段にパチスロを布教された。


 古参パチスロ攻略誌から依頼されて覆面ライターになり副業にした先輩だ。

業界の関係者として設定から信頼性の高い裏情報まで広く入手できたらしい。


 ちょっとした問題を起こし中退を余儀なくされてからミナミで頼りにした。

デカいオレよりもちょっぴり背が高くてワイルドイケメンの九頭竜令司さん。


 店の裏オーナーだった超美人な姐さんと同居する先輩の友人は城佳二くん。

ダンジョン発生の直後に靭公園入りした強運の持ち主で政府要人の縁戚者だ。


 かんたんな成り行きと状況を先輩に報告して佳二くん経由でお願いできる。

陸上自衛隊の管理する国内ダンジョンは立ち入り時に許可を得る必要がある。



 ふと視線を感じてベッドに目をやるとこちらを見るリリの赤い瞳が揺れた。


「まだ深夜の丑三つ時だよ。チェックアウト前に朝食バイキングが8時ごろ。

シャワーと支度で七時すぎに起床するからリリはもう一度ちゃんと寝なさい」


「子どもじゃないよ。年はナ・イ・ショだけどね」ウインクに違和感がない。


「だけどありがとう。なんにもできないリリはジロウくんだけが頼りだから。

お先におやすみなさい」フカフカの布団を全身にまといながらの捨て台詞だ。



「………………」上下に揺れる布団をながめながら無言でPCに全集中する。


 とりあえず関係者にメールを入れて朝から……とりあえず岡山を目指そう。

チェックアウト十一時でまず明石港だ。魚の棚商店街で玉子焼きは買いたい。


 キングサイズの巨大ベッドで倒れるように意識を失くして眠りに没入する。

明日は明日の風が吹くのは当前だけど怪しげなキャバ嬢と追手の目的だよな。


「為せば成る為さねば成らぬ何事も」上杉鷹山の教えを教訓にするしかない。

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