賞金稼ぎはかく語りき――宇宙大航海時代のこぼれ話

掛川計

1パイント目 海賊とキノコ星人

1-1からっけつのユーラ

 エンケラドゥス・シティの隅っこにある白鹿亭の一階は、今日も満席だった。ふらりと店に入ったアタシを、無愛想なマスターが一瞥する。


 宇宙船が銀河を飛び交い、異星人たちが太陽系に出入りするようになった今日日だからこそ、白鹿亭みたいなオールドスタイルのアイリッシュパブには価値がある。


 賑やかに酒を飲む客たちは、どいつもこいつも顔なじみ。

 戦闘艇乗りパイロットジャケットを羽織った赤毛の女ことユーラ。つまり、アタシは、ここじゃまあまあの有名人だ。


「おう、ユーラ! 久しぶりじゃねえか」


 バイオ義手の右手をブンブン振り回すのは、パッチだった。シリウス星人の彼は、サメそっくりな頭と二メートル越えの巨躯が自慢だ。右目にアイパッチをしているからパッチ。


「パッチ、半年ぶりか? 随分忙しかったみてえだが、仕事は順調か?」


 誰とご相伴しようか迷っていたアタシは、一も二もなくその隣に席に座った。複数人掛けのテーブル席を、彼の仕事仲間たちがぐるりと取り巻いている。人間がふたりに、セミ星人とトリ星人だ。


「アルデバランでテラフォーム事業があってよ。宇宙貨物船トラックがどんだけ居ても足りやしねえよ」

 ガハハと笑い、パッチは仲間たちにアタシを紹介する。


「こいつはユーラ。例の腕利きの賞金稼ぎさ。で、景気はどうなんだ?」

「バウンティボードがああもスカスカじゃ、仕事にならねえや。この間も、ずっと追い回してたホシを警察に横取りされちまった」

「俺たちトラック野郎にはありがたいことだぜ。またアンタに助けられるのはごめんだからな」

「ちげえねえ」


 わざとらしくため息をついたアタシは、看板娘のココアを呼んでビールを二パイント注文する。

「ユーラさん、今日こそはちゃんとお金持って来たんでしょうね?」

 猫星人と地球人のハーフの看板娘は、可愛いお顔の眉根をひそめ、口を尖らせる。


「昨日の分もまとめて払ってやるよ。なあパッチ、今から一つ話をしてやる。そいつが面白かったら、アタシのお代を肩代わりしてくれよ」

「よしきた。そいつが聞きたくてお前を呼んだんだ。ココアちゃん、ビールは俺のツケだ。あと、適当に食いもんを見繕ってくれ。肉食主義者ミータリアン菜食主義者ベジタリアン両方でな」


 「はいはーい」と答え猫娘は去る。


「いい加減、賞金稼ぎなんかやめて、堅気の仕事をしたらどうだ? 知り合いの社長が腕利きの操縦士パイロットを探してるぜ」

「大型船は趣味に合わねえ」

 アタシは肩をすくめる。


 ココアからキンキンに冷えたジョッキを受け取る。

 ぐっと一口目を煽るアタシを、みなが興味深そうに見つめる。白鹿亭のビールは最高だ。

 存分にもったいつけてから、口を開いた。


「さて、こいつは前にふん捕まえた海賊から聞いた話なんだが――」


 ※


「クソ、なんて不運だよ! 星間連合警察機構ポリ公のクソッタレども!」


 ぐんぐんと高度を下げる宇宙船のコックピットで男が叫ぶ。頬の落ちくぼんだ小狡そうな顔だ。

 見開かれたぎょろり目玉が、窓の外に広がるツンドラめいた凍土をにらみつける。


 彼は、宇宙海賊だった。ドクロマークがペイントされた船は、船尾から煙を噴いている。一人乗りの小型の船だ。


「不時着する!」

 言うやいなや、船は鼻先を地面にこすりつけた。すさまじい振動が男を襲い、船は船尾を右に振りながら凍土の上をドリフトする。巻き上がる土煙。逆噴射を浴びた木が燃え上がる。

 船は平原の上を数キロもドリフトして、やっと止まった。


 さて、その光景を森から遠巻きに見ていた影の群がある。そいつらは、のそのそと森からやってきて、コクピットで伸びている海賊を連れ出すと、またのそのそと森に引っ込んでいったのだった。

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