あの川のほとり
「何故、戻ってこられるんです」
アイリーンが自室に戻ると、扉の前にメディナが立っていた。
「あそこで寝るわけにはいかないじゃないの」
「でも、王様とご夫婦になられるからには、いつかは通らねばならない道ですよね」
私はもう覚悟を決めました、というメディナに、
いや、あなたが覚悟を決めてどうするの……と思ったが。
真実を知った王様が文句をつけてきたとき、一緒に処分されるつもりなのだろう。
そのとき、イワンが急いでやってきた。
「なんで戻ってきてるんですか、アイリーン様」
「あ、すみません。
でも、今日は長く王様とお話ししましたよ」
もうお疲れかと思って引き上げたんですけど、と言うと、イワンは眉をひそめ、
「……それで、王様は、なんと?」
と問うてくる。
「ごゆっくりおやすみください、と言ったら、うむ、とおっしゃっておられましたけど」
「も~っ。
王様ーっ」
と叫びながら、イワンは戻っていってしまう。
……あんなに叫んだら、王様、うとうとしてても飛び起きそうだけど、
とその姿が長い廊下の向こうに消えるまで見送ったあとで、
「じゃあ、もう寝ようか、メディナ」
とメディナを振り向く。
「王様がいらっしゃるから、今日はずっとしゃがんでいることにするわ。
本でも持っていけたらいいのに」
「……枕元か胸の上にでも置いて、本のことを考えていたら、読めるかもしれませんよ」
頬に手をやったメディナは溜息まじりに、そう言う。
「そうねー。
そうするー」
おやすみ~、とアイリーンは部屋に入っていった。
ゴツゴツした岩場の側に、向こう岸が見えないくらい広い川が流れている。
いつもの光景だ。
湿った匂いのする霧の中、ゴンドラのようなものが近づいてきた。
マントを頭からすっぽり被った、背の高い男が乗っている。
男は、そのゴンドラをアイリーンの近くで止めた。
「今日はどこにも行かないのか?」
と問うてくる。
アイリーンは大きめの岩に腰掛け、本を読んでいたのだ。
立ち上がったアイリーンは男に近くに寄って言う。
「王様がいらしてるから、どこへもいけないの」
「そうか」
素っ気なく言った男は、すぐにまたゴンドラを動かした。
アイリーンはさっきの岩のところに戻ろうと、向きを変えようとした。
だが、つまずき、手にしていた本を飛ばしてしまう。
せっかくここに持ち込んだ本がドサリとゴンドラに落ち、あーっ、と思わず、叫んでいた。
朝、目覚めたエルダーは横にアイリーンが眠っていないことを確認し、溜息をついた。
まあ、昨日の話は昨日の話で有意義ではあった。
私のこともよくわかってもらえただろう。
だが――
なにかこう、私は遠回りしていないか?
そんなことを思いながら、外に出て、また庭を散歩した。
兵士たちは一応ついて来たが、賊など訪れそうもない場所なので、警備はゆるい。
だが、そのとき、崖から、にゅっと手が覗いた。
兵たちが慌てて前へ出ようとしたが、それを手で制す。
見覚えのある白く長い指。
いつか私にそっと触れてくれないだろうかと、見るたび、願ってしまうあの指が、がっし、と地面をつかんでいた。
朝日が昇るように、アイリーンの顔が地面の上に上がってくる。
ここの入り口である、崩れた坂からよじ登ってきたようだ。
「アイリーン……。
どこかに行っておったのか?」
「は?
あ、えーと。
あ、朝の散歩にです……」
とアイリーンは言葉をにごす。
貸した手をつかみ、這い上がってきた。
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