なぜ、一夜をともにされなかったのですか?

 

  アイリーンたちに見送られ、エルダーは城を後にした。


 馬で急な坂を下りながら、イワンが言ってくる。

 

「何故、アイリーン様と一夜をともにされなかったのですか?

 たまたま立ち寄った城ではありますが。


 こんな辺境の地にいるとも思えないような美しい姫ではないですか」


 きっと、バージニア姫の陰謀ですね。

 良き娘は中央に集めるように言ってあるのに、と王思いのイワンは憤慨している。


「良き娘かどうかは好みによると思うぞ。

 ……部下たちと姫たちの間に入って、心底思った」

とエルダーは言う。


「だがまあ、あれは一般的に良い娘だろうから、誰でも欲しがるであろう。

 だから、私が手を出さない方が良いのだ」


「そんなものですかねえ。

 王の妃こそ、すぐれた娘でなければ、すぐれた子が生まれぬと思うのですが」


「彼女らは子を産む道具ではないぞ、イワン。


 まあ、もう会うこともないだろうが。

 ああ、食料や必要な物は送ってやれ。


 ……運ぶ奴には多めに手間賃を払ってやれよ」


 大変な場所にあるからな、とエルダーは絶壁の上の古城を振り返った。



 次の日、イワンが厨房でおしゃべりをしていると、エルダーが現れた。


「王よ。

 こんなところに、なにしにいらっしゃったのですか」

と慌てて立ち上がる。


「お、お飲みになりますか? 王様」

と厨房の人間たちも慌てた。


 みんなで、くつろいでホットミルクを飲んでいるところだったのだ。


「いや、いい。

 それより、アイリーンたちに食料は送ってやったか?」


 ……まさか、わざわざそれを訊きに来ましたか?

と思いながら、イワンは報告する。


「はい。

 野菜や肉、果実。

 それに日持ちのしそうな菓子と酒。


 あと、ランプの油やシーツなども送りました。

 あの城ではなにもかもが不足しているようだったので」


 うむ、と頷いたあとで、エルダーは言う。


「大変な場所にあるからな。

 届ける者も大変だろう。


 駄賃を弾んでやれ」


「はい、そのように」


 そう言ったが、エルダーはまだ立ち去らない。


 まさか、持っていくの大変だろうから、自分で持っていくとか言い出さないだろうな。


 従者も嫌がる仕事を王がやるとか意味がわからないが、と思いながら、身構えていたが、そこはさすがに言わなかった。


「……じゃあ」

とエルダーは去っていく。


 アイリーン様が気になっているのだろうか。


 珍しいな、王が女性を気にするとか。


 あなたは王様で、あの方は、あなたのお妃候補の方なんですから、理由をつけずに会いに行ってもいいんですよ……。


 苦笑いしながら、イワンは意外に可愛らしいところのある、猛き王を見送った。



 それからしばらくは、エルダーは静かに政務をこなしていたが。


 ある日の遠征の帰り。


 手に入れた髪飾りを馬上で眺め、言い出した。


「ちょっとこの髪飾りを届けてこようか」

「は?」


「アイリーンによく似合いそうだから、ついでに」


 なんのついでなんですか、逆方向なんですけど……とイワンは思ったが。


「そうですね、ついでに……」


 王の気持ちを汲み取り、笑いを噛み殺して頷いた。



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