第18話 報告
辺境へ戦士団を派遣する提言は結局、通らなかった。
ルハカたちの状況に気を揉んでいた私だったが、その後に朗報が入る。
何と、魔王領との境界を荒らしまわっていた竜を討ち取ったという報告だった。
その竜は尾根をふたつも越えるような
ルハカがやったのか!――と、彼女の手柄を期待した私だったが、それを伝えてきた者は言葉を濁す。それどころか、今回の件で
「どういうことだ? ルハカがそもそも団長ではなかったのか!?」
「それが……領主が
「なぜ領主が
「……領主は王の血を引いておりまして……」
「ああ、確かそんなことを聞いたな。わかった。それで?」
「はい、
「愚かな……
「それが……」
口ごもる伝令を問い詰めると、
「
「ええ、間違いございません。その一団が竜を葬ったと」
「その一団だが、オーゼ・ルトレックは居たか!?」
「……は、はい。居りました」
言い淀んでいた理由がようやくわかった。
オーゼだ! 彼は巨大な竜を葬ったのだ!
――私の心は踊った。今にも叫びたいくらいに。彼の名誉もこれで回復する――そう考えた。
たが、現実はそう上手く事が運ばなかった。
「――厄介なことになりました。
◇◇◇◇◇
ダン!――扉の向こうで大きな音がした。
私は侍女を伴ってジルコワルの執務室の前までやってきていた。
扉の前から離れ、少し待っていると、戸が開いてロージフが出てくる。
ロージフは相変わらずの仏頂面で髪も顔も白い巨漢だった。
少し開いた扉からは、ジルコワルの怒鳴り声が聞こえてくる。
いつも落ち着いている彼にしては珍しい。
ロージフはこちらを見つけると近寄ってくる。
「申し訳ない、勇者様には少し時間を置いていただけると助かります」
「珍しいな。ジルコワルにしては」
団長の醜態を見せたくないのだろう――そう思った。が、彼は言葉に迷っていた。
「――どうした? 珍しいと思うが」
「勇者様、少しお時間宜しいでしょうか」
私は侍女のリスリに確認を取り、リスリが頷く。
私はロージフと外が見える渡り廊下の広いバルコニーに出た。
「――勇者様はジルコワル団長をどのように思われます?」
「なんだ、お前も私がジルコワルに懸想しているなどと言うのか」
私はウィカルデを思い出してそう言った。
「まさか。勇者様は……私の見立てでは未だ、オーゼ殿を想っておられるのでは?」
意外なことに、この大男は私の心を見透かすような言葉を告げてきた。
「そんなことはないよ……」
体裁の上では、私はオーゼに襲われて縁を切ったということになっている。
ロージフともそこまで親しいわけではない。だからこれでいい。
「そうでしたか、失礼いたしました」
ただ、意外にもあっさり返された言葉に、どうしてか少しだけ心がささくれ立った。
「で、――どのように――とはどういう意味だ?」
「ああ、ええとですね。勇者様はジルコワル団長を信用しておられますか?」
ジルコワルを信用――いつか聞いたその言葉。当時、私にはどうしてもそれが
「ロージフ、今の言葉は聞かなかったことにしよう」
副団長が団長の信用を疑うなどあってはならないことだ。しかもそれを私に相談するなど……。
ただ、そうは言ったものの、彼のその言葉が気になって仕方がなかった。
◇◇◇◇◇
「やあエリン、珍しいな。私の執務室に尋ねてくるとは」
彼の執務机の上がいくらか散らかっていた。
「どうしました? 何かあったのですか?」
彼は執拗に髪を撫でつけている。普段ならあまりしない仕草だ。
「いや、何でもない。インク壺をひっくり返してしまっただけだよ」
「そうですか。――それよりも……聞きましたか? オーゼが竜を倒したのです!」
「あ? ああ、そうだね」
「私は……私はもう一度彼に会ってちゃんと話をしてみたいのです。オーゼはやはり誉れ高い。私なんかとは比べ物に――」
「私
「ええ……」
「君はもっと誇り高いはずだろう! 誰もその栄光に敵わない! 魔王を倒した勇者だぞ! それが…………オーゼのような程度の低い人間を評価だと!? 本気で言っているのか!」
彼はその場を歩き回りながら私に激しい口調と手振りで問いかけた。
「どうしたのですかジルコワル、何もおかしいことは言っておりませんが?」
「いいや、おかしいともさ! 何とも思わないのか? 君の誇りはどこへ行った!?」
私はジルコワルの言い分に閉口する。
じっ……と見つめているとジルコワルは――。
「わかった、エリン。すまないが帰ってくれないか。今から陛下に報告しなくてはいけないことができたのだ」
落ち着きなくそう言うと、私を追い出すように帰らせた。
◇◇◇◇◇
部屋に戻るとリスリに頼んでお茶を淹れてもらう。
このところしばらく、接見や宴が落ち着いてきたこともあって手隙だった。
「どうしました? 落ち着きがありませんね」
「ええ。あの、実は……」
逡巡しながら漸く口を開いたウィカルデは、あの後、アシスと喧嘩をしてほとんど話せてないのだと言った。
「で、喧嘩の原因は?」
「アシスのヤツ、ちょっといろいろ鼻に掛けすぎなんですよ」
「あら、少し前まではもう少し自信を持って欲しいと言っていませんでしたか?」
「そうでした? いや、それでもちょっと今のアシスは目に余るというか……。アシスのクセに」
「あなたも! あなたもその物言いは少し鼻につきますよ。ちょっとイライラし過ぎではないですか?」
「ハッ……そうですね、申し訳ありません」
ウィカルデは年上で普段から余裕があった。その彼女をこんな風に変えてしまうとは――恋とは恐ろしいものだ――なんてこの時は思っていた。
◇◇◇◇◇
翌日、城内が少々騒がしいことに気が付く。あの申し訳なさそうに無茶を押し付けてきても、帰るときにはケロッとした顔をしているヒルメルン卿が青い顔で従者と共に廊下をいそいそと歩いていくのが見えた。
「ヒルメルン卿、どうかなされましたか? 顔色が優れませんが」
「ああ、これは勇者様……」
彼は足を止め、何か言いかけたがそのまま逡巡していた。
「何か?」
「い、いえ、その……勇者様にも後ほどお声がかかるとは思われますが……」
「どうされました、お気遣いは無用です」
「勇者様、確か魔王を倒した後の記憶が無いと……仰られておりましたね」
「ええ、そうですが」
「その後、何か体におかしなところはございませんでしたか?」
「……いえ、特には――」
言いかけて、ひとつ思い当たることがあった。
体は加護を失った以外は健康だったし、不調もない。ただひとつだけ、胸元にごく小さな血の塊のような、それも乾いていない血の塊のような硬い結晶ができていた。
「そうですか……わかりました。ではまた後日」
それだけ言うと、ヒルメルン卿は去っていった。
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再び波乱の幕開けです!
ここからが本番ですので宜しくお願いいたします!
一応これ、ジルコワルざまぁです。ジルコワルざまぁw
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