エピローグ 月はまだそこにある ①
エピローグ
右手から紙のコミック本が零れ落ちる音で目が覚める。
リクライニングチェアからすっかり強張った身体を持ち上げると半分開いたコミック本の中身が見えた。ページを見るとほとんど進んでいない。最後まで読み切ろうと思ったが、眠気にあっさり負けたらしい。まあ、いいか。
「ふわー」
背伸びをして起き上がり、裸眼のまま窓の外を見るとすっかり日が暮れていた。日焼けができない身体なのでむしろ都合がいいのだが、学生時代と変わらないライフスタイルに若干だが良心の痛みを覚えないでもない。
「随分と遅いお目覚めですね、ニア様」
「うわっ!? いたのアンタ」
横を見ると掃除ロボットの中心で自らも雑巾で本棚を拭くムジナの姿があった。身体は今朝会ったときと変わらない、幼女の姿のままだ。どうやらイーとのバトルは無事に乗り切ったらしい。
「そりゃいますよ。ニートのニア様と違って、私は仕事をしていますので」
嫌みったらしい口調はそのまま。幼女の姿で言われると尚更腹が立つが、正論なので言い返せない。悔しいので話題を変えることにした。
「私が眠っている間に記憶を盗んだんじゃないでしょうね?」
「しませんよ。勘違いしているようですが、私は人の捨てたいと思う記憶をむしろ受け取ってあげているのです。いわばリサイクルなのです。慈善事業なのですよ」
「はっ、モノは言いようねー。ゴミ漁りの変態が」
「それにあなたの頭の中にはキュクロプスの同位体が常駐しています。仮想体といえど生体インターフェイスの同等の力を持っていますので。本気を出せば殺れないこともありませんが、非効率なのです」
うげぇ。心底気持ち悪そうに自分の頭をさすった…………この中にイーがいる、だと?
「キュクロプス曰く、『いつもあなたと一緒にいます♡』ですって。良かったですね、愛が通じあっていて」
「いやいや、重いから。重すぎだから。というか、それだと最初と状況が変わってなくね? 私のお気楽でちょっとエッチなネットライフの存亡の危機がまだ続いているんですけど!?」
「グダグダ言ってないで、試しにやったみたらいいんじゃないですか? 真実はすぐにわかりますので」
「いやいや、今度こそ物理的に死ぬから」
と言いつつ、周囲を視線を走らせるが問題の人物の姿はなかった。そういえば先ほどから妙に静かだ。そもそも視線を合わせれば5秒後にはケンカをする2人だ。同じ空間にいればのんびり寝てなどいられないだろう。
「イーは?」
本当に何気なく聞いた。ランチを聞くぐらいの感じで。
「もういないですよ」
ムジナも答えた。もう食べたぐらいの感じで。
「北海道に豆腐の
「…………えっ?」
思わず絶句していた。あまりにも意外すぎて自分でも自分の反応に驚くほどだ。慌ててMR眼鏡をかけなおしてステータスを確認してみるが、「関係性」は昨夜のままだ。つまりは「元恋人」のまま。
「いやいやいや、それはないでしょう!」
発した言葉に誘発されるように怒りの感情がムラムラとこみ上げてくる。
昨夜、あれだけの大騒動を繰り広げたにも関わらず、マーキングが済めばそれで終わり? 私はモノか? あんたのコレクションか?
「あー、キュクロプスに怒っていらっしゃるのですね?」
ようやくニアのふくれっ面に気がついたムジナが今までのイーに対する態度は何処へやら、妙にのんびりした口調で言った。
「そうよ、何なの」
「そういえばニア様はあの女と知り合ってから日がまだ浅いですもんね。関係性の深さはともかくとして」
「なんかすごいガッカリした。やっぱりイーもあんたと同じね。蒐集することだけが目的でそれが満たさればそれでいいんだわ」
ムジナは「あー」と漏らすとそれから数秒ほどニアを見つめる。その目は明らかに笑っていて、何か残念なものを見るようでとても腹が立つ。
「意外と乙女なんですね、あなたは」
そして、そんなことをほざきやがったのだ。
「あー、痛い痛いっ! 止めてください!
「何か言った?」
ニアが拳を振り上げたのでムジナは小さな肩をすくめた。
「いえ、別に。というか、キュクロプスに人間の感性を求めてはいけませんよ。あれは魂のスケールが大きすぎるのです」
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