2 フルーツ味の豆腐①
2 フルーツ味の豆腐
事の起こりは半年前の晩秋に遡る。
ニアとAKIは旧神奈川県の丹沢を訪れていた。
京都に
熱海や箱根ではなく、観光名所といえば山しかないこの場所に登山好きでもないニアが訪れた理由―――それは豆腐だった。ニアが山本似愛であったときから丹沢は名水を利用した豆腐や湯葉で有名な場所であり、特に大山の名を冠した「大山豆腐」は有名である。
しかし、定食についてきたら食べる程度で特段好きでもない豆腐を無性に食べたくなったのは京都で高野山のAR広告を何度も何度も目にしたせいであろう。それらが
そして、思い立ったがハッピーデー☆とばかりにAKIの援護射撃も受けて、大山の最寄り駅である秦野駅への“配達”を予約したのであった。
ちなみに配達という言葉はニアが“モノ”という意味ではない。80年後の未来世界、ことに限界国家の日本においては旅客便などはほとんど運航されていない。人が少なく、瞬く間に大赤字になるだけである。では、どうするかというと貨物と一緒に運ばれるのだ。
人々は通常「0Gカプセル」と呼ばれる専用のボックスに収納される。見た目は旅行トランクにしか見えないこの未来の箱は内部が高純度酸素水溶液で満たされ、回転することで重力を分散させる。早い話が人工の子宮である。内部は快適そのもので脳を覚醒状態にさせたまま、仮想空間上で仕事もできるし、娯楽も大抵楽しめる。
この「引きこもり」装置は未来世界ではすっかり普及し、自立走行も可能なのでニアのように自分の傍に常時けん引させて自宅を持たない者も若者を中心に多い。
「…………うーん」
真空パックの豆腐をスプーンで口の中に入れるとたちまちニアの顔が曇った。
「なになにー? どったの? ゲロマズいの?」
「いや、うーん…………」
「もう! よくわかんないし! アキも食べるし!」
(AIのくせに)業を煮やしたAKIは豆腐のラベルに印字された3次元コードを読み込む。元々は障がい者向けの技術だが、こうするとAIでも味や匂いを楽しむことができる。
「うっ、何コレ! 超ウマいじゃん☆」
「うん…………、美味しいは美味しいんだよ。でもなあ」
「いちごの味がする! あっまーい!」
80年後の豆腐は確かに美味しかった。
舌触りは新雪のように柔らかくふわっと溶け、上品でほのかな甘みは繊細でありながら、それ故にいつまでも余韻を残していく。まるで有名パティシエが作った銀座の高級スイーツのようだ。
「いや、マジヤバイ。ゲロマジでヤバイよ、コレ。わざわざ山を登って食べるだけの価値があるわ。ピーク・エンドの法則の極致だわ☆ ニア、来てよかったじゃん! 最高のメモリーなんですけど!」
「うん…………」
日焼けした顔を崩すトモダチ型AIにつられてニアも微笑む。
豆腐がこうなったのはきっと80年間を生きた人たちの努力の研鑽の賜物なのだろう。仮に山本似愛が江戸時代の豆腐を食べたら微妙に思ったに違いない。
間違いなく、良い方向に進歩したのだ。
けれど、この胸に感じる哀しさは何なのだろう?
「……温泉入ったら、また食べようか?」
「おっ、イイね!」
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