1 死体少女③


 山本似愛にあは2016年5月25日に死んだ。

 今から81年前、忘れもしない「きゃりーぱみゅぱみゅ」がベストアルバムを出した日だ。HMVから家に届いたであろう特典付きのCDはどうなっただろうか?

 死因は交通事故。

 大学院に進学して一年目だったので22歳だった。

 居眠り運転をしたトラックに追突され、頭部を強く打って植物状態になった。ちなみにそのとき乗っていたのは大学院進学の祝いに両親に買ってもらったピカチューカラーのフォルクスワーゲン(走行距離7万キロ)だ。可愛くてすごく気に入っていたのに。

 一年ほど治療が続けられたが、結局意識を取り戻すことはなかった。

 これが最初にして最大、原点のミス。もう80年経つのに今でもああすればよかった、こうすればよかったとのたうち回ることがある。

 二番目のミスは臓器提供の意思を示さなかったことだ。

 免許の裏に数か所マルを書いていれば。そうすれば熟すぎて腐ったも同然の脳みそ以外の臓器たちは未来ある善良な人たちの人生を救ったであろうし、臓器自身も健全で正しい余生を全うしたであろう。

 ピカピカの新品の免許証の裏にペンを入れることを躊躇ったばかりにこんなことになってしまった。つくづく悔やまれる。

 三番目のミスは両親が救いようのない親バカだったこと。

 自分の生命維持装置のスイッチを切れなかった両親はあろうことか詐欺師みたいな連中の誘い文句にまんまと騙されて、アラスカの地下に作られた人工冬眠施設にニアの身体を送ってしまった。無論、利益を生み続けるねずみ講みたいな与太話であり、体のいい金のかかった冷凍死体保管庫以外の何物でもない。

 四番目のミスは山本似愛の実家が金持ち、いわゆる世間で言うところの“セレブ”であったことだ。ちなみに山本似愛が死んでからのことである。実家の所有する栃木の山から埋蔵金が見つかったらしい。生きていれば人生わからないものである。しまむらとニトリとイオンがあれば過不足ない山本似愛には想像もできないことだ。

 しかも、この顔をもろくに知らない未来の親戚たちが、同じくよく知りもしない曾祖父の娘のために、数世代にわたって、山本似愛の眠る人工冬眠施設に大金をポンと払い続けていたのである。美しい家族愛に涙を隠せないが、宗家の遺産相続の条件に自分が紐づけられているのではないかとニアは勘ぐっている。

 そして、最後のミスにしてもはや神様の嫌がらせ以外に考えられないのは、人工冬眠、実際には死体と変わらない状態から蘇生してしまったことである。

 ニアはなんと人類の歴史上初の人体冷凍保存クライオニクス成功者になってしまったのである!

 だから、現在のニアは法律的にはニンゲンではない。法律的には人工冬眠施設を引き継いだとある研究団体の所有物、有り体に言えば“備品”である。

 一応、権利回復のための行政手続きは申請しているものの、なにぶん世界初の事例なので故人の権利を引き継ぐのか、新たに生まれた存在として出生届を出すのか、世界中の学会や国連で議論が沸騰しているのでアテにならない。

 おかげさまで生き返って直後の意識は混濁しているものの、事故の直前から記憶はちゃんと続いているし、自分が山本似愛であるという自己同一性も保てている。

 80年経った未来世界の人権意識は想像をはるかに超えるほど高く、モノであるニアに対しても支援の輪は手厚かった。研究費として実家から振り込まれたお金の残りをニアの財産としてもらいうけているので所持金もそれなりにある。


 ―――だが、それが何だというのだ!?

 ―――誰が生き返らせてくれと頼んだ!?


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