壱岐ツーリング
温泉旅館だから朝風呂に入って朝食だ。アジの開きがメインだけど、このでっかい豆腐は、
「壱州豆腐やて」
これも壱岐の特産だってさ。そうそう、ずっと気になっていたのだけどお互いの呼び名。アリスはコトリさん、ユッキーさんって呼んでるけど、こっちは呼びつけなのよね。それに不快感を感じてるわけじゃないけど、どう見たってアリスの方が歳上じゃない。
「そう見えるだろうけど、コトリなんか棺桶にクビを突っ込んでるよ」
「ユッキーかって四十を越えたオバハンやんか」
冗談はともかく、
「冗談じゃないけど信じられないでしょうね」
「信じんでもエエけど、アリスとはまた縁がありそうだから、そのうちわかるで」
もう一つ、いやもっともっと、気になりまくってるもの。今回のツーリングは三宮のバーで誘われて、コトリさんが計画してくれたものなのよね。あれだけの縁で旅行まで出かけたのもどうかと思うけど、女同士だから安心していた面はある。
「男だったら良かったのに」
「ホンマやな」
脱線しないの。計画したのはコトリさんなのは感謝してるし、ツーリング初心者のアリスには本当に有難かった、対馬と壱岐にはシナリオハンティングのために行く気ではあったけど、バイクでツーリングするのは無理だと思ってたもの。
「ここは難度が高いと思うわ」
「九州でも阿蘇ぐらいなら、別府からもっと手軽に行けるよ」
いつかは行ってみたいけど・・・そんな話じゃなくて、今回のツーリングの費用なのよ。
「最初に言うたやないか。最後にきっちり精算させてもらう」
そうなんだけど、壱岐に来てから費用がグレードアップしてる気がする。いや、この宿なんか、
「ああ、悪いけど、泊まった部屋はこの宿の最低ランクやねん」
「トップグレードなら、部屋に露天風呂が付いてたよ」
へぇ、そうなんだ。それも部屋専用の庭にある露天風呂なのか・・・じゃない、じゃない、ぶっちゃけ、いくらかかるのか心配ってこと。
「心配せんでも、足りんかったら貸してくれるとこぐらい斡旋したるで」
「ちょっと金利が高いかもしれないけど、そこなら三宮でも福原でも勤め口もちゃんと手配してくれるよ」
あのね、それって怪しすぎる闇金でしょうが。
「アリスにマグロ漁船とか、ベーリング海のカニとか言わないし」
あのねぇ、怪しすぎる闇金にカネでも借りろって言いたいの、こいつら、どこまで本気でどこから冗談かわからないとこが多すぎる。それなりに用意してるから大丈夫と思うけど、もうフェリーも含めたら四泊目だものね。
「ほな行くで」
宿を出てまず海岸線沿いを西に走って行った。道はまた怪しい気配を漂わせたのだけど、着いたのは海に面した広い駐車場だ、黒崎園地ってなってるけど、
「ここも旧日本軍の砲台跡やねん。据えられとったんは四十一センチカノン砲や」
その砲台跡を見に行ったけど円筒型の巨大な穴があった。この上に大砲があったけど、そのサイズは戦艦長門と同じぐらいと聞いて驚いた。戦艦の主砲が陸上にあったんだよ。
「まんま持って来たって話や」
「もっとも実戦には使われなかったから良かったよ」
黒崎園地に来たのは砲台跡を見るのもあったけど、
「これは完全にサルや」
「ヘッドホンかけたら似合いそう」
サルにヘドフォンかけてどうするの。それはともかく、全国になんとかに似ている奇岩は数えきれないあると思うけど、ここまでサルなのは珍しい気がする。
「サイズも桁外れの気がするわ」
大きいものね。猿岩は正面にも回り込めるそうだけど、
「ここから見るのがエエねん」
「サルの石像じゃないからね」
猿岩からは引き返しなら島を横断するようなルートを走っているで良さそう、
「壱岐のツーリングの基本は海岸線で良さそうやねん。猿岩みたいな奇岩を楽しむのと綺麗なビーチを訪ね歩くぐらいや」
ただしリアス式の海岸線が多くて、シーサイドロードを満喫しながら島の外周を一巡りは難しそうだって。それでも、
「対馬よりエエかもしれん。対馬は山が深すぎて走れるとこが少ない気がするわ」
「そう思う。見どころも少ないし、温泉宿すらないじゃない」
そっちか。壱岐に温泉がある方にビックリしたけど。でもどちらかを選べと言われたら壱岐かな。壱岐の方が観光開発もされてるし、賑わってる感じがするもの。
「博多からも唐津からも来れるし、二時間半ぐらいなのもメリットやろな」
「神戸からなら小豆島の感覚かな」
そんな感じかもしれない。小豆島も行ったことないけどね。そんな事を話してるうちに、
「左京鼻や」
これは断崖絶壁だ。高さは二十メートルぐらいあって、長さが1キロも続き、その先端が左京鼻と呼ばれるみたいだ。これは絶景スポットだよ。清石浜のビーチに立ち寄ってから芦辺港に
「ほいでもフェリーはネックや」
壱岐から博多に戻るには、
・郷ノ浦港 七時
・芦辺港 十一時
・郷ノ浦港 十七時四十五分
この三択になっちゃうのよね。壱岐の方が近いけどフェリー時刻がお世辞にも使いやすいと言えないもの。そのせいかもしれないけど、
「コトリもチェックしたけど壱岐のツーリングで史跡めぐりをしてるのは少ないわ。行ってもたいしたもんはあらへんからな」
それはそうと間に合うの?
「博多に十三時二十五分着で、新門司のフェリーは二十時発や。十九時に着かなあかんとして五時間ほどあるで」
帰りも当然のように乗り継ぎフェリーになるのよ。これも平日なら、
「新門司が十八時四十分発やから苦しいねん」
フェリーに乗り込んで二時間の船旅で博多港に。行きしなにお弁当を買った喫茶店でランチを済ませ、
「太宰府天満宮は?」
「あっちに回ると厳しいねん」
あ~あ、石築地とか、水城とか見ときたかったな。
「新幹線で来たらエエやんか」
ギャフン。でもそうだ。それを見るためにもう一泊延長すのは、
「市街地ツーリングなんて願い下げや」
博多港から新門司までの真昼間の市街地走行をなんとか突破して新門司港だ。う~ん、寄り道はせずに正解だと思った。帰りは阪九フェリーだ。
「六甲アイランドに着くのが嬉しいわ」
南港は遠いものね。あ~あ、このツーリングもこのフェリーで終わっちゃうのか。
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