厳原

 五時間足らずの船旅を終えて、


「対馬に上陸だ!」


 とはいえもう午後の三時だ。


「厳原の市内観光だけでもやっとこ」


 フェリーターミナルから厳原大橋を渡って突き当りだけど、道路案内を見てもチンプンカンプンだ。これは対馬だからじゃなく、


「地名を見てもピンと来んやろ」

「だから楽しいのじゃない。知らないところに来たって感じが良いのよ」


 この大きな交差点を右折か。この辺は厳原市街のはずだけど、どこにでもありそうな田舎町だ。


「そうとも言えんで」

「これだけ街が元気そうなのは珍しいよ」


 そう見るのか。これぐらいの規模の街なら大規模スーパーやショッピングセンターが郊外のロードサイドに進出してきて、かつては店がありましたになってる方が多いよね。


「左側のふれあい所つしまに行くさかい、次の信号を左や」


 なんか妙に立派な建物だけど道の駅なのか。コトリさんは駐車場には入ったけど中には入らずナビの確認。


「やっぱりこの交差点やった。案内看板の一つぐらい出しとけやな」


 再び出発。なにか道がどんどん狭くなってるけど、


「右に入るで」

「合ってるの」

「見えるやろあれや。しっかし不親切やな。なんか案内出せよな」


 なんじゃあれ。


「金石城の櫓門や。再建やけど立派なもんや」


 対馬に来て日本の城が見れるとは思わなかった。二重の櫓門は珍しいのじゃないかな。櫓門を潜ったらなんにもない。もとい、普通の家が見えるだけ。


「コトリ、ここから行けるの」

「ナビでもわからん。とりあえず進んでみるわ」


 突き当たって右に曲がると駐車場があるけど、


「ここから歩いて行けるはずやねんけど」

「ホント、なんにも案内がないね」

「先が思いやられるわ」


 つうか合ってるのかな。ここって左側に見えるグランドの駐車場じゃないのかな。


「体育館もあるで」


 でも行ったらあった。


「旧金石城庭園や」


 かつての大名屋敷の庭園で良く残っていてちゃんと整備されてる。引き返して櫓門を再び潜って走ってくと、


「やっと案内があったで」

「万松院はこっちって書いてある」


 さっきからずっと狭い道だけど、これはなかなか立派な寺じゃない。ここも藩主の菩提寺だったみたいで、再建された本堂も立派だけどその奥に、


「金沢の前田家、萩の毛利家の墓地と並んで日本三大墓地となっとるそうや」


 百雁木と呼ばれる石段の両方に灯篭がずらっと並んで、さらにその両側に石垣か。これだけの寺と墓地を作れる力があったってことよね。


「対馬藩は特殊でな・・・」


 江戸時代と言えば鎖国なんだけど、半島とは交流があったんだって、


「将軍が代替わりの度に朝鮮通信使が来るぐらいやからな」


 そのための施設整備も行われたんだけど、それだけじゃなく対馬藩は半島との貿易も許されていたんだって。


「対馬も農作物が取れへんとこで、米が四千五百石、麦が一万五千石やってん。そやけど幕府からは国主格で十万石の待遇されてるねん」


 その富の源泉が半島貿易だったのか。だから城を築き、これだけの菩提寺を作れたんだろうな。


「宿行くで」


 万松院から来た道を逆戻りして厳原の市街に。ちょっと感心したのは厳原には立派なホテルもあるのよね。


「東横インやろ」

「悪いけど今日は違うよ」


 市街地を南に下って行って、


「ここや」


 ってお寺じゃない。


「宿坊やってるから泊まれるんや」


 またえらいとこに泊るんだ。石段を登るとやっぱりお寺だ。西山禅寺ってかいてあるから禅宗の寺だろうけど、寺なら精進料理とか。


「朝食はな。そやけど夕食があらへんねん」


 あのねぇ。荷物を置いたら外で夕食だよね。三百メートルも歩いたら、


「ここや」


 割烹か。ありゃ、ちゃんと予約もしてたのか。手回し良いな。なにを食べるのかな。


「石焼きや」


 芋じゃないよね。前菜だけどこれは、


「イカの子やそうや」


 お刺身とかもあって、なんじゃこれ、でっかい石の板じゃない。


「そやから石焼きや」


 鉄板焼きならぬ石板焼きなのか。でもこれ美味しいじゃない、


「飲まなきゃ」

「地酒やな」


 対馬にも蔵元があって日本酒も焼酎も作ってるみたいだけど、


「九州やったら焼酎や」

「対馬やまねこと、こっぽうもん下さ~い」

「瓶ごと頼むわ」


 はぁ、ビールじゃないぞ焼酎だぞ。


「四合瓶はあかんで」

「一升瓶でお願い」


 こいつらどれだけ飲むんだよ。アリスも焼酎にしたけどロクヨンのお湯割り。だけどこいつら茶碗酒じゃないの。酔い潰れても連れて帰れないからな。でもまるでお茶を飲んでるみたいだ。


「アリスも飲まなきゃ」

「ここでしか呑めんで」


 そりゃそうだけど、限度ってものがあるでしょうが。


「ついでやから、いりやきもらおか」

「折角だものね」


 まだ食べるって言うの。アリスは石焼きでギブアップだけど、こいつら大食い大会か。いりやきって寄せ鍋みたいな料理だけど、見る見るうちに平らげて、


「この後がお楽しみなのよね」

「そや、対州そばいれてのいりやきそばや」


 対馬の蕎麦は日本蕎麦のルーツとされてるそうだけど、全部食べちゃった。


「これはとくべえ汁やんか」

「もちもち感が良いね」


 こいつら化物だ。コトリさんも良く呑んで良く食べるけど、ユッキーさんなんてあんな華奢そうな体のどこに入ってるんだろ。それにあれだけ飲んでるのに帰り道で、


「お寺の宿坊だから寝酒はダメよね」

「般若湯もなさそうや」


 まだ飲み足らないのかよ。

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