なんてこった
ティンブリッジに馬車が着いたタイミングでディックくんと交代して、食堂で大勢でご飯を食べる。
さっきのヤバいあれの余韻が残っていたのか、少々ボケーっとしているとローザさんが寄ってきてちょっかいをかける。
「あれ? デレクはどうも昨日、今日と、覇気がないわね」
「え、そんなことはないと思いますけど」
「セーラさんがいないからやる気が出ないとか?」
「そんなこともないですけど」
「ケイと『耳飾り』で話ができるんでしょ? たまには話をしてあげなよ。セリーナ様の護衛はかなり暇らしいから」
「……あの仕事って、時々は休みをとったりできるんですか?」
「忙しい仕事じゃないから、あらかじめ代役を用意すれば1日や2日は休めると思うわよ」
「なるほど」
たまにはダンジョン探検とかに誘うのもいいかなあ。
だが、目下の問題はヤバいあれだ。どうやって選別したらいいだろう?
ファイルの個数だけでも結構膨大だし、さっき見たビデオでは冒頭部分は日常会話で、それから会議モードに入る場合と、結局そのまま何もなくて終わる場合と、盛り上がってあれが始まる場合なんかがあって、結局少しは時間をかけて見てみないと内容が把握できないのである。つまり撮りっぱなしで、編集や整理が全然できていない。
それと、さっきはたまたま誰も魔法管理室に来なかったから良かったが、視聴している最中にリズやクラリスが転移してやってくる可能性もある。それはヤバい。つまり、長時間コンピュータの前に張り付いてビデオを整理するってのは現実的ではない。
家族共有のパソコンで怪しいサイトを閲覧したい中学生のような悩みだな。
ビデオのデータをコンピュータの前ではなくて、どこか離れた場所で確認できないものだろうか。それなら泉邸の地下室あたりでビデオ鑑賞できるのだが。あ、いやいや、そうじゃなくて会議の内容を確認するのがあくまでも主目的であって、たまたまそういうビデオが目に入ってしまうこともあるだろうという……。
なんで自分で言い訳をせにゃならんのか。
ふと思いつく。
議事録を作ればいいじゃん!
AIに任せておいたら、ビデオの内容を判断して、状況や会話を自動的に書き下してくれるんじゃないだろうか。それを要約したテキストを作成すれば、どのビデオが会議なのかが分かるだろう。
問題はそんな都合のいいAIが用意されているかどうかだ。しかし、議事録を作成するのだとしたら画像の情報は不要だから、音声だけ取り出してテキストに書き下したらいいんじゃないかな? これなら比較的簡単にできそうな気がする。
ナタリーがやってきて言う。
「何かを真剣に考えているお姿も素敵ですわね」
あ。ごめんなさい。ちょっと
「えっと、あのー。翻訳をする指輪を複製できるメドがついたんだけど、比較的大きな魔石というか宝石が必要だから買い出しに行かないといけないなあ、とか」
とっさに話題を変えたが、これは本当である。
「大きな宝石で指輪を作るんですか?」
「赤いガーネットを使うとすると指輪としたら大きすぎるから、ネックレスとして身につけることになるかな?」
するとナタリーがちょっと嬉しそうに言う。
「ガーネットですか! あたしの名前と同じ宝石ですね」
そうだった。ナタリーのフルネームはナタリー・ガーネット。
「その名前の由来は何なのかな? やっぱり宝石?」
「そうらしいですけど、詳しいことは分かりません」
まあ、ファミリーネームの由来なんてよく分からないもんだよな。
しかし、水晶とガーネット以外に、どんな宝石とか宝玉が魔石にできるんだろうか? ガーネットはちょいと高価だからなあ。あ、ヒナに聞いてみよう。知っているかもしれない。
「はい。ヒナ・ミクラスです」
「魔石として使える宝石とか宝玉って決まってるのかな?」
「はい。基本的にケイ酸塩鉱物で、結晶構造が発達しているものが良く、鉄やアルミニウムイオンが含まれている場合、単純な水晶よりも記憶容量を大きくできます」
「……つまり? できれば小さいサイズで記憶容量が多い方がいいんだけどな。例えばオパールとか、アクアマリンはどう?」
「オパールや
つまり、何?
「大きなオパールやアクアマリンなら使えるってこと?」
「個体差があるので一概には断定できません」
はう。
色々質問した挙句、普通は水晶、
「午後、一緒にミノスに買い物に行ってみる?」
「え? いいんですか。是非!」
ミノスの買い物はノイシャと行くことが多かったが、別にミノス担当ってわけじゃないから、たまにはナタリーと一緒に行ってみるのもいいだろう。
午後は再びディックくんに身代わりをしてもらって、ナタリーと一緒にミノスへ買い物に出る。ナタリーはミノスの街をウロウロするのは初めてで、少々困惑気味。
「えー、こんなにみっちり建物が建っている所は初めてです。何か息が詰まりそうですけど」
「迷ったら大変だから気をつけて」
「あ。はい」
そういって嬉しそうに手をつないでくるナタリー。こうやって手をつないで普通に買い物をするのって、つまりデートですかね?
この前、イヤーカフをたくさん発注した宝飾工房「ラッセル&シーガー」へ。
前回と同じ受付のお姉さんに、今回は粒が大きめのガーネットのネックレスが欲しいと伝える。すると、親方のラッセルさんが奥から出てくる。
「お、この前の旦那じゃねえですかい」
「ちょっとまた急に必要になってね」
「ガーネットの……ネックレス? ですか」
「全部同じ細工である必要はないんだ。それから、大きな石だったらアクアマリンでもいいかなあ。問題は宝石の粒が大きめってところ。あとは、普段使いで常につけててもいい感じのデザインかなあ」
「うんうん。えっとねえ、ガーネットもあることはあるけど、今、そんなに作り置きの数はないなあ。ガーネットはダイヤよりは安いけどそれなりに高価だからね。アクアマリンとゾイサイトもあるよ」
ガーネットのように高い宝石を使う必要はないのだが、結局は個体差があるらしい。比較的安価な宝石で、大きめのものを使えば大丈夫かな?
「じゃあ、今日は今ここにあるガーネットのネックレスの中から1つ、あとはアクアマリンなんかを選んでいくつかもらっていくことにするよ」
と言うわけで、ガーネットのネックレスをいくつか出してもらって、せっかくなのでナタリーに選んでもらう。あ、しまった。2人で買い物に来て女の子に選んでもらったら、それってもうナタリー専用ってことじゃないかな?
ナタリーもすっかりその気のようで、真剣な顔で見比べている。結局、シンプルながら飽きの来ない感じのものを選択してご満悦の様子。
あとはじゃあ、アクアマリンなんかのネックレスをいくつか見繕って来ますね、と親方が奥に引っ込んだら、イヤーカフにシトリーから連絡がある。
「緊急事態です。強盗団と思われる一団に襲撃されています」
「何だって?」
「相手は10名ほど。場所はミノス川を渡ったマッドヤード近くの見通しの悪い森林地帯です」
「じゃあ、俺もそっちに……」
「あ、その必要はなさそうです」
「え?」
「どこからともなくダニエラさんとその仲間らしい数人が加勢に来てくれています。さらに、サスキアとストラスの魔法がメチャクチャで、そろそろ相手は殲滅に近い状況ですね」
「……はあ。襲ってきたのは強盗? 何か宗教団体とかじゃなくて?」
「金目のものを出せ、とかお決まりのことを言ってましたし、強盗だと思いますよ」
「わかった。用事が済んだらすぐにそっちへ戻る」
うーん。「ラシエルの使徒」が襲ってくるかも、なんて話があったが、強盗か。マッドヤードの治安はあの事件以来、少しは良くなったと思ったが、それでも街道の隅々まで目が届くわけじゃないからな。
親方が出してきてくれた中から、オパール、アクアマリン、それから真っ青なゾイサイトのネックレスを2つずつ購入して帰ることにする。これはガーネットよりも石のサイズは大きいのに価格は半分以下。これが利用可能だったら儲け物なんだが。
さて、急いで戻らないと。シトリーに馬車の中で待機してもらって、そこに転移。
「あ。もう終わりましたよ」
馬車の中ではディックくんがぼーっとしている。何食わぬ顔をしてディックくんと入れ替わって馬車から出る。
「ねえねえ、シトリー。これ、どういう状況?」
「えっと、襲ってきたのは10名で、そのうち2名は逃げてしまいましたが、3名は捕縛、残り5名はご覧の有り様です」
うわ。一目見ただけで、もう死んでるって分かるな。
シトリーが死体を指して説明してくれる。
「これは大体、ストラスとサスキアの魔法です。ストラスは見たこともない魔法を使って着々と相手を殲滅してましたね。サスキアも強いですねえ。魔法のレベルがかなり高いんじゃないですか?」
「うん、実はレベル4だ」
「うわ。毎日のんきに警備なんかしているのはもったいなくないですか?」
「えー、まあ戦闘するばかりが人生じゃないから」
「うふ。大袈裟な物言いですね」
ノイシャもやってきて言う。
「デレク様、ナタリーとどこへ行ってたんですか?」
「えっと、ちょっと買い物に」
「やだなあ、2人でこっそりデートですか?」
ノイシャともこの前行ったじゃん、とか思うけど、あえて地雷を踏むようなことはしないようにしよう。
「ディックくんはどうしてた?」
「最初は自分も戦うような素振りを見せて馬車の外に出たんですけど……」
「えええ?」
実力がないんだからやめておけばいいのに……。
「賊がナイフを振りかざして襲ってきたら、ひゃーって言って馬車の中に逃げ込んでそれっきりです」
「うわ……」
「身代わりなんか置いていくから、デレク様の株が一気にダダ下がりですよ」
「なんてこった」
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