原始的かつ効果的な方法
山奥の遺跡にジャスティナが入ろうとしたら、ドラゴンのエメギドに危険だと警告されたという。この遺跡がもしダンジョンだとしたら、死んでも戻ってくるだけだ。とすると、ダンジョンではなくて単に遺跡で、ヤバい害獣がいるとか、あるいは人間に有毒なガスでも出ているのか。
……ドラゴンに聞いてみるか。
「前にやったみたいに、俺とジャスティナで感覚共有をしておいて、ドラゴンに呼びかけるってのをやってみようか」
「そうですね」
「ホットライン。ジャスティナ」
ホットラインで感覚を共有すると、同じ馬車の中だが俺の視点からではない所が見える。ジャスティナは気を利かせてか、ヴィオラの方(特に胸のあたり)を見ている。
「エメギド、聞こえますか」
ジャスティナが呼びかけると、エメギドの意識がやって来る。
「ジャスティナか。あ、お前は……デレクか。以前会ったな」
「すいませんが、山の中の遺跡はどうして危険なのか、教えて頂けませんか」
するとエメギド、意外なことを言う。
「うむ。あれはな、魔王が出現した時のダンジョンの消え残りだからだ」
「え? それってラカナ公国のエルフォムにある遺跡と一緒ですか?」
「おおそうだ。良く知っているな」
「しかし、エルフォムの遺跡は観光名所になっていて、特に危険とかいうことはなかったと思うのですが」
「それがだな。こっちの遺跡は建物だけではなくて、魔王軍を構成していた魔物たちの一部も内部に取り残されたまま、消え残っているのだ」
「ええ?」
「建物の外には出てこられないらしいが、中に入ると殺されてしまうぞ。普通のダンジョンではないから、殺されたらそのまま死んでしまう」
「うわ……。つまりあの中だけ、300年前に魔王軍が現れた時と同じような状態ということですか」
「どうやらそうなのだな」
「へえ……。しかしなぜ消え残っているのか、不思議ですね」
「それは謎だな。しかし、時折、あそこに莫大な財宝が隠されていて、それを魔物たちが守っているのだ、という噂を信じてやってくる欲深い人間たちがいてな。よせばいいのに入り込んでは殺されているようだ」
ああ、なるほど。
魔法士タノンは、ラボラスを召喚して意気揚々と遺跡に入り込んだものの、そのまま敗れ、召喚されたラボラスがそのまま残っているということか。
「魔法士の使役していたラボラスがそのまま残って、遺跡に出入りしているようなんですが魔獣だったら中に入っても何もされないんでしょうか」
「そうなんじゃないか? 襲うのは人間だけなんだろう」
「分かりました。有難うございます」
ドラゴンとの会話から分かったことをヴィオラに説明。
「へえ……、そんなことになってるのか」
「使役されていたラボラスは中に入っても襲われないらしい」
「だからあそこをねぐらにしているってことなのかしら」
「多分ね。……あの辺りはどこの所領?」
「山の中だし、はっきりと決まっているかは怪しいわね」
そんな会話をしているうちに、ヴラドナの宿場に到着。ヴラドナはホワイト男爵の所領だという。宿場自体は山の中で、規模はさほど大きくはない。
もうあたりは暗くなって、もう少し山の中でウロウロしていたら足元が危ないところだった。
ヴィオラはその中でも比較的大きな宿に宿泊するという。
「デレクは?」
「急に出て来ちゃったし、戻って例の遺跡について相談して来るよ」
「相談って、誰と?」
「えっと、リズとかクラリス……、ちょっとそのあたりに詳しいんだ」
「へえ。……まあ、明日に備えてゆっくり休むことにするわ」
宿の主人はヴィオラのことを知っており、ニールスの事件のこともあり、宿をあげて大歓迎といった状態に。峠のラボラスの調査に来たと告げると、ますますヒートアップ。地元の貴族としてはしょうがないのだろうけど、ゆっくり休めるかな?
俺だけ泉邸に戻る。
夕食を食べながら、遺跡に関するドラゴンとの会話をリズとクラリスに報告。
「へえ。……消え残り、なんてあるんだ」
「うん、ドラゴンの言うには、ダンジョンシステムのバグらしいんだけど。ラカナ公国のエルフォムという所にある遺跡もそうらしいし、以前に出会った別なドラゴンはそういう消え残ったダンジョンが数箇所あると言っていた。結局いくつ残っているのかは分からないが、今回のはその中でも特殊で、魔物も一緒に消え残っているということらしい」
「どんな魔物がいるのかしらね?」
「見てみたい気もするけど、めちゃくちゃ強い魔物に出くわしたら死ぬよね」
「そこそこの魔物でもたくさん押し寄せて来たら敵わないんじゃない?」
「それは言える。野犬の群れに襲われた場合ですら命の危険があるもんなあ」
クラリス、突然思いがけないことを言う。
「ねえ、あたし、その遺跡に入ってみたいんだけど」
「え! 今、襲われて死ぬかもしれないって話、しましたよね?」
「きっとデレクが守ってくれるわ」
「えー?」
「いえいえ、それは半分は本気だけど、もう半分はね、多分魔獣は天使を襲わないと思うのよ」
「でも人間と天使って、見分けられます?」
「ドラゴンはリズが天使だってすぐ分かったんでしょう? 魔物も大丈夫よ」
「本当に?」
「あとね、その遺跡に、魔王の出現に関する何らかの情報が残されているかもしれないでしょう?」
「可能性はありますけど」
「襲われそうになったらすぐ引き返せばいいわ」
「うーん。まあ、ちょっとだけですよ」
「うん、よろしくね」
いざとなればバリアで守るとかもできるし、大丈夫……かなあ。
一応はダンジョンだから、『脱出の指輪』が使えるかもしれないし、そもそも転移魔法が使える可能性もある。まあ、やってみるか。
次の日。
ヴィオラたち3人には馬車で現地に近いポイントまで移動しておいてもらう。
「こっちはちょっと冷え込んで寒いですよ」とジャスティナ。
「天気は?」
「天気はいいです。今のところ風が少々ある程度です」
それなら、気温も徐々に上がるんじゃないかな。
時刻は10時半くらい。
馬車組がポイントに到着したと言うので、クラリスを伴って現地に転移。
ヴィオラは、クラリスとは初対面である。
「デレク様、こちらの方は?」
「えっと、クラリスと言って、プリムスフェリー家の親戚筋。飛行魔法は実はクラリスに教えてもらったんだ」
「そうなんですか。よろしくお願いします」
魔法が使えないエメルは馬車の番である。はっきり言って退屈だし、寒いだけなので、リズにお願いして時々ノイシャと交代してもらうようにした。
さて、いよいよ問題の遺跡へ。4人とも飛行魔法を使えるので、ジャスティナに先導してもらってふわふわと森の上を行く。
「うわー。景色はいいけど、寒いわねえ」とヴィオラ。
「もうすぐです。あそこのちょっとした小山の大木のあたりです」
「あ、あれは?」とクラリスが遠くの空を指差す。
「あ、ドラゴン。エメギドですね」とジャスティナ。
我々が遺跡の付近に着地すると、ちょうどドラゴンもやってくる。全身が光沢のある青いウロコで覆われているのは、確かに見覚えのあるエメギドである。
ドラゴンを間近で初めて見るヴィオラはかなりうろたえている。俺の腕をしっかり掴んで離さない。
エメギドは空き地に着地するとこちらをジロリとみる。
「ジャスティナ。危ないから来るなと言っておいたではないか」
全員の脳内に話しかける。
「えっとね、第1の目的は召喚主がいなくなったラボラスの討伐、または捕獲なのよ。それでね、この……」
「あ。お主、天使か」
エメギドがクラリスに気づく。
「はい、今はクラリスと名乗っておりますけれど、私がペリです」
「何だと? ペリ? まさか」
「はい。色々事情がありまして、最近まで別の空間におりました」
ペリは、今や昔話として語り継がれる黒いドラゴンを討伐した天使である。その討伐は魔王軍が出現するよりも数十年前。
「長命なドラゴンでも、さすがにその当時生きていた者はもういない。だが、そうか。まだ生きていたのか」
「ええ。もう私も歳をとりましたので長くはないと思いますけど」
そう言ってペリはちょっと笑う。
「天使がここに何の用だ?」
「魔王軍に関する謎の一部でも解明できないかと」
「なるほどな。魔物も天使を無闇に攻撃したりはしないと思うが、気をつけろよ。ワシもここで待機しているが、さすがに遺跡の中には入れないからな」
「わかりました」
ヴィオラがぶつぶつ何か言っている。
「天使? 天使って何?」
あー。しまった。エメギドが来るとは思わなかったからなあ。クラリスの正体が知られてしまったかな。
気を利かせてくれたのか、ジャスティナが言う。
「えっと、デレク様。第1の目的はラボラスの捕獲ですよね。それはどうやって?」
「遺跡の中で捕まえるのは困難だろうから、出てきたところで何とかしたい。というわけで、最も原始的かつ効果的な方法は餌で釣る、だな」
キッチンから拝借してきた生肉をストレージから取り出し、その辺りにあった大きな枯葉を集めて敷き詰め、その上に置く。
「そんな簡単な方法で捕まりますかねえ?」
「じゃあ他にどうする?」
「何かこう、うまい魔法で」
「そんな魔法はないし、まあ、ちょっと隠れて見ていようぜ」
全員で、風下の茂みの中に隠れる。
「エメギドもちょっと離れててくれないかしら?」
「お、おう」
しばらく待つ。
「本当に出てくるのかしら?」とクラリス。
「だからあ」
「デレク、ちょっと寒いからくっ付いてもいいかしら」
「あ、ヴィオラだけずるい」
全員で何だか猿団子みたいに固まって、待つこと十数分。
遺跡の入り口から、あたりを警戒しながら2頭のラボラスが出てきた。
見た目は確かに大型犬のレトリバーといった感じ。だが、背中にワシのような立派な翼が付いている。翼も体毛も黒みがかったブラウンである。
誰もいないのを確認して、生肉を食べ始める。……そろそろかな?
「
途端に、ラボラスは2頭とも地面に押し付けられたようになって動けない。魔法が使えないようにして、さらに重力を数倍にして動きを封じたのだ。
「よし今だ、ヴィオラ!」
ヴィオラが走り寄って1頭の頭を押さえながら言う。
「負けを認めるか!」
ラボラスは小さく「クン」と鳴く。
「では名前を付けてやろう。これからダグバと名乗るがいい」
ラボラスは再び小さく「クン」と鳴く。
もう1頭にも同じことをして、こっちはゾグバと名付けた。元々ダグバだった方にダグバと名付けたかどうかは分からないが、まあ、そんなことはどうでもいい。
ダーク・グレイヴと
「あら。ちゃんとしてるじゃない。偉いわねえ」
「せっかくの餌だから、最後まで食べさせてあげてよ」
「ダグバ、ゾグバ、ほら、お食べ」
ヴィオラが促すと、2頭は生肉をガツガツと食べる。
「あとは、召喚と帰還ができるはずだ」
生肉を食べ終わったところで、ヴィオラが詠唱。
「
すると、一瞬白いもやがかかったようになり、ラボラスはその場から消え失せる。
「うわ……。すごい」とジャスティナは目を丸くして驚いている。
「デレクは色々なことを知ってるねえ」とクラリスに感心される。
「あとは戦力としてどのくらい役に立つか、かしら?」
「風系統の魔法も使えるらしいけど、基本的には強力な番犬って感じかなあ」
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